「なあ、剣心。どうして人は墓を作るんだと思う?」




弟子による考察



 俺の姉弟子(年齢は俺のほうが上だし、見た目では姉というより兄だが)であるは時々変な問いをしてくる。 今も、やっている作業(師匠に言われて薪拾いをしている)とは全く関係ない事を聞いてきた。 俺より三つも年下のはずのは何故か抜群に頭が良く、"ししょごきょう"とかいうやつも諳んじられるらしい。 良い所の子供だったらしいが、詳しく聞いたことは無い。ここで俺と一緒に修行をしているという事は"訳アリ"に違いないのだから。

 それには自分の頭の良さを鼻にかける事なく、学の無い俺に根気よく読み書きを教えてくれた。 だから俺はこういった類の質問が学の無い俺を馬鹿にするものでは無い事を知っていたし、 いつもそれなりに其の答えを導き出そうと努力はしている。


「剣心を拾ったときの事を思い出したんだ。あの時剣心、殺された女性達だけじゃなくて人買いや野盗達の分まで墓を作っていただろ?」

「……死ねば同じ骸だ」

「その"骸"を態々埋めて墓標を立てる意味が俺には分からないんだ。 いや、衛生面からすると土に埋める事は理に適っているんだろうね。だけどそれ以上に特別な物とも思えない」


 俺にはが何を考えているのか分からなかった。 どうして態々そんな事に悩むのだろう。大抵の人間は近しい人が死ねば其れを埋めて墓を立てる。 その行為に疑問を持つ人は少ないだろう。半ば儀礼的に淡々と。


「俺は……あいつらの墓を作っている間に少し心が落ち着いた。 霞さん、茜さん、さくらさん達を守れなかった悔しさも、無力な自分を殺してしまいたい気持ちも、少し落ち着いた」


 問いの答えにはなっていないのかもしれない。俺の言葉を聞いたはかすかに眼を見開いて驚いた様子だった。


「剣心は……俺の事を恨んでると思った」

「は?何でだよ」


 今度は俺が驚く番だった。 あの時、はむしろ俺を救ってくれたのだ。が居なかったら俺だって霞さん達と一緒に野盗に殺されていたはずだ。


「覚えてない?あの時、俺は剣心達を見捨てようとしてた。……水汲みで沢まで行った帰りに、偶然剣心達が襲われているところに出くわした。 でも俺はそのまま通り過ぎたよ。縁もゆかりも無い弱者を助ける必要なんて、無いと思ったから」

「……覚えてたよ。 は野盗達の間を、両手に水桶もったまんまで何でも無いような感じで通り抜けて行ったよな」

「あの後小屋に戻ったら師匠に血の臭いがするって言われてさ。 ……野盗達の事話したら飛天の理を解ってないのか、ってボコボコにされたよ」


 其のときの師匠の姿が容易に想像出来て俺は小さく笑った。 そんな俺の様子を見ても小さく笑った。 はこういう奴だ。

 人の気持ちやその命に無関心を装っているけど、実際には何年も前の事をうじうじと思い悩んでいたりする。 俺が師匠の課題をこなせなくて夕飯抜きにされた時にもこっそりとの分を分けてくれた。


「……あ、雨が降ってきたな」


 そうがぽつりと呟いた途端に大粒の雨がザアザアと降り始めた。 急いで手近の木陰に身を寄せたがせっかく集めていた薪は完全に湿気てしまった。 また師匠にどやされる、と俺は大きくため息を吐いて隣に立つを見た。 ぼーっと遠くを見つめていて、何を考えているのかは分からない。 は今みたいな土砂降りの雨を見るとピリピリとした空気を纏う。

 最初の頃はその変化に気づかなかった。 修行の成果で気配に鋭くなったからなのか、それとも付き合いが長くなったからなのか。 師匠はの変化の理由を知っているのかも知れない。だけど何も言わないので俺も何も聞けないでいる。


「なあ、。今は負けてばっかりだけど、いつかの事守れるぐらい強くなるよ」

「……何だよそれ。剣心にはそう簡単には負けないよ!」


 どうやら冗談だと取られてしまったらしく、ケラケラと笑われてしまった。 でもの緊張した顔が崩れたのだから、口に出して言って良かったんだと思う。 は確かにめちゃくちゃ強いけど、同時に心の面では危うさを持っている気がする。
────飛天の剣で一番に守りたいのはだ。

 絶対にこの姉弟子よりも強くなる。それが俺の目標だった。