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 明治十一年、東京


 専称寺


 は墓を探していた。
 それはかつて世話になった人物のものだった。しかし十年掛かってようやく踏ん切りがついたというのに、が聞いていたのは“寺の名前”だけだった。当たり前だがこの広い東京には幾百と寺がある。その中でたった一つの寺を探すのは非常に骨の折れる話だった。

 結局は一日中東京を歩き回る事になり、目当ての寺に辿り着いたのは夕方だった。


(……あの人に合わせる顔なんかない)


 理由をつけて帰ろうとする足を叱咤して、は寺の裏手に広がる墓地に入った。規則的に連なる墓石を一つ、一つと確認する。墓地の中頃まで来た所で、ようやくあの人の墓を見つけることが出来た。

 花を手向け、は静かに手を合わせる。 はあの人が笑っているところしか見たことがない。今も笑顔でいるんだろうか。 その光景が容易に想像出来て自然と笑みが零れた。

────しばらくして立ち上がる。 何時までも此処にいたらきっと離れられなくなる、そう思ったからだ。 後ろ髪を引かれるような思いで墓地を出た。


「……さようなら、沖田さん。また、来ます」


 辺りはもう夜の闇に染まり始めていた。





まざる再会




 路地に出ると夕日を背に一人の男が立っていた。逆光で顔までは見えない。────長身、痩躯。思い出したくない人物がの脳裏によぎる。


「まさか……ね」


 そうが呟いた瞬間、黒い影がゆらりと動いた。手には刀を持っている。 咄嗟に反応したが刀を構える暇もなく、男の切っ先はの頬を掠っていた。初動からの攻撃が速く不意を食らったは避けるので精一杯だった。 裂けた頬から血が流れていくのを感じる。
 先程までが感じていた"嫌な予感"は、既に"確信"へと変わっていた。


「フ、よく避けたな」

「…………どういうつもりですか、斎藤さん」


 よりによって、この人とは。にとって最悪の再会だった。そしてが反射で抜いていた刀を見て、目の前の男はニヤリと嫌な笑い方をする。


、廃刀令違反だ」

「斎藤さんだって刀持ってるじゃないですか。警官とはいえ帯刀は違法でしょう」


 はそう言って斎藤を見たが、『剣客警官隊』とかいうタチの悪いものもあった事を思い出した。 斎藤一という男は、その性格がすこぶる悪くとも“腕だけ”は立つ事をは身に染みて覚えている。


「あいにく俺は許可されている」


 ある意味予想通りの返答に、は盛大にため息をつきたくなった。


「へえ、それは良かったですね。お勤め頑張ってください」

「今本庁で密偵をやってるんだが、人手が足りなくてな。お前、なれ」


 それまで努めて無表情に徹していたの眉がぴくりと動き、目が微かに見開かれた。 斎藤は理不尽な命令をする事に定評のあるの元上司だが、その中でもこれは群を抜いている。 いったい何処の世界に、十年ぶりに会っていきなり転職を迫る人間が居るというのか。


「いや、俺にも仕事があるんで。そんなに暇じゃないです」

「あの片田舎の駐在のことか? 本庁勤務になれば今の2倍は給金が出るぞ」


 そう言って斎藤はクツクツと笑いながら煙草を吹かし始めた。十年会わぬ間に憎たらしさも十割り増しになっている気がするのだが、気のせいだろうか。 は斎藤の言葉に大きく顔をしかめた。


「別に高い給金が欲しいわけじゃありません。それに田舎だからといって馬鹿にしないで下さい。“貴方の居る”東京よりよっぽど良い所ですよ」


 金で動く人間だと思われたのが頭にきて、苦り切った顔では答えた。しかし斎藤は意に介する様子もなく涼しい顔を崩さない。そしてまるで全て予想していたかの様に言う。


「そう言うと思ってな。既に辞令を出しておいた」


 斎藤の言っている意味がすぐには理解できず、言葉を失ったに斎藤はさらに続ける。


「そろそろ向こうに着いているんじゃないか? ま、職を失いたくなければ従う事だ」

「……相変わらず“良い”性格してますね。他人の意志は無視ですか」


 渋面するを見て斎藤が満足げに笑う。は精一杯の嫌味を言ったがこの男には通じない。 動じる事もなく涼しげな顔をしてこう続けた。


「お前の仕事は抜刀斎の監視だ」


 思ってもみなかった内容には軽く目を見開いた。


「抜刀斎って……緋村剣心のことですか」

「それ以外に誰が居る」


 あいつとはもう関わりたくないのに、とは嫌で嫌でたまらないという風に顔を歪めた。 しかし組織に属する人間というのは悲しいものだ。おそらくこれを断れば一気に職無し。 斎藤という男は、が今職を失うわけにはいかない事も知っているのだろう。


「……分かりました。やりますよ」


 の返事を聞いた斎藤は殊更面白そうにクツクツと笑った。




 明治十一年東京
 春というにはまだ寒い季節、

 物語は再び動き始める