03

残念、もうないよ



 あれからも、私は無理矢理ヒマを作り出しては“あんていく”に通っていた。
 だけど最近はどんどんそれも難しくなっている。“11区”に配置されていた本局捜査官が『全滅』したそうで、20区でも喰種に対する捜査をさらに強化するよう指示が出されていた。


「あー、やっぱりお前も生きてたか」


 そして今日は、“11区特別対策班”の指揮官様として本局から丸手特等がやって来た。丸手特等はリストを片手に、会議室に集められた私達一人一人にご丁寧に嫌味を言うだけ言って帰っていった。結局、20区までわざわざ“11区特別対策班”のリストを渡しに来ただけなのか。

────その時、“タマなし”と鈴屋君の地雷をみごと彼は踏み抜いた。だから少し期待したんだけど、我慢を覚えた鈴屋君は丸手特等を“タマなし”にはしてくれなかった。


サン、お菓子欲しいです」

「ハイどうぞ」


 新たに20区に配属された鈴屋君は、職質した警官の三半規管を吸い出しちゃうようなぶっ飛んだ子だけど、私は何とか“餌付け”に成功している。ついでに亜門君にもお菓子をあげたら、うるさい説教がストップすることが分かった。それ以来私のポケットには常にお菓子が入っている。


「“アオギリ”に突撃するときも、お菓子持ってきてほしいです」

「無理無理、鈴屋君どうせ一番危ないところに突っ込んでいくんでしょ。流石についていけないよ」


「だから必要な分は自分で持っていってね」と言えば、鈴屋君は白い頬っぺたをぷくぷく膨らませて拗ねてしまった。怒る姿もとっても可愛い。だけど私の三半規管も吸い出されては困るので取り敢えずチョコをあげておいた。



***



 膠着状態だったアオギリの樹への突入は、丸手特等の尊い犠牲の下に成功した。彼の愛車だった高級バイクは鈴屋君によってゴミ屑と化したけど、その活躍はきっと永く語り継がれる事だろう。


「それじゃ、よろしく頼む」


 鈴屋君は思いっきり単独行動で突撃してしまったが、私は篠原さんや亜門君と同行する事になっていた。篠原さんの名誉ある“荷物持ち”として。
 私の歴代パートナーの中には結構良いクインケを遺してくれた人も居た。しかし私は全く使いこなせなかったので、今回はそれを篠原さんの“サブ”として有効活用することになったのだ。
 丸手特等の案で逆らう事も出来ず、こうして今篠原さん達の後ろを走っている。手を塞がないように篠原さん用のクインケは背中に担いでいるんだけど、さっきからそこにバシバシ攻撃が当たってて笑えない。

 それでも今の所遭遇しているのはBレートの喰種だけだった。作戦は順調に行っているのだと思っていた。────“梟”が現れるまでは。


『死んでもいい優秀なヤツだけ残せ』


 無線機から丸手特等の声が聞こえた。それを受けて残されたメンバーに、何故か私も入ってしまった。亜門君みたいに“死なれちゃ困る”とは思われていなかったわけだ。まあ期待はしてなかった。



***



 私が命懸けで運んだクインケも少しだけ活躍して、篠原さんと黒岩特等の奮闘の末、梟は捜査官を誰一人殺すことなく去っていった。

 ちなみに私自身のクインケは小型のナイフ状だ。ポケットに入るサイズで、あの厳ついケースを持ち歩かなくて済むのは良いけど、実戦では殆ど役に立たない。
 そのクインケが今、活躍の時を迎えた。“アラタ”とかいう趣味の悪い装着型のクインケが篠原さんの身体を食べ始めていて、それを私のナイフでこそげ落としていってるのだ。


「ちょ、。肉が、肉が取れてる」

「すみません、篠原さん。私、ジャガイモの皮むきとか苦手で……」


 篠原さんの肉まで剥ぎそうになりつつも、何とか“アラタ”を身体から取り除く事に成功した。医療班が来るのを待ちつつ、私は梟が出て行った窓から外を眺めていた。


(カネキ君……?)


 ビルの下を走り去っていった人影が一瞬“彼”のような気がして、私は急いでスコープを取り出した。もう一度見たその後ろ姿は白髪でガッシリとした体型。やっぱり私の勘はポンコツだな、と思いながら私はスコープをしまった。




────喰種収容所(コクリア)が、アオギリの樹の“本隊”によって、突破された。
 医療班が到着して一息ついていた頃だった。無線機から聞こえてきたのは丸手特等の震える声で、それはこの作戦が“失敗”したという事を示していた。

 直ちに傷の少ない者が再招集されコクリアへと救援に送られた。11区の作戦に加わった捜査官の殆どが死亡・負傷し、そんな余力は残っていなかったが、残念な事に私は“無傷”の人間だった。

 私達11区対策班がコクリアに着いた時には、既に手遅れだった。アオギリの樹の主力喰種によって襲撃されたらしく、その攻撃の手は地下独房第三層にまで及んでいた。収容所職員の多くが死亡し、SS級の喰種達が野に放たれていた。


(……本当に、馬鹿馬鹿しい)


 これでは11区で死んだ捜査官は“犬死に”じゃないか。CCGの為に死んでなんて絶対にやるものか。崩壊したコクリアを見ながら、私はそう、心に刻んだ。



***



 ようやくあの戦いの事後処理が落ち着いてきた頃、私は20区から7区に異動になってしまった。まあ今まで篠原さん一人で亜門君・鈴屋君・私の三人の下位捜査官を抱えていたわけだから、予想できた事ではあったんだけど。

 流石に7区から20区まで行くような時間を作ることも出来ず、“あんていく”に行けないまま、ずるずると1か月以上が経っていた。


カランカラン
 久しぶりに出来た休日に心躍らせながら私は扉を開けた。しかし「いらっしゃいませ」と迎えてくれたのは、カネキ君では無かった。


「おっとお客様、残念ですがカネキくんは居ませんよ?」


 彼目当てで通っていた事が来店と同時にあっさりバレてしまった。気付かれないレベル最上限で見ていた筈なのに。この団子鼻の店員さんは中々に鋭い。
 私は誤魔化すように苦笑してカウンターの席に座った。


「貴方の分はいつもカネキくんが淹れてたからなあ。今日は“魔猿ブレンド”で我慢してくれるかい?」

「マエン? あ、特にこだわりは無いのでそれでお願いします」


 確か昔20区を中心に捜査官を殺しまくってた“魔猿”とかいう喰種がいたけど、それに因んでいるんだろうか。20区名物として売り出すにはちょっと物騒かつ古いネタだと思うんだけど。


「美味しいです……」


 団子鼻の店員さんが淹れたコーヒーは文句なしに美味しかった。でも、カネキ君のコーヒーとはやっぱり少し違う。中々鋭い店員さんは、私の微妙な表情にもすぐに気が付いてしまったようだ。


「おや、やっぱり貴方の心はカネキくんのコーヒーじゃないと満たせないようだね?」


 そんなに私は分かりやすかったのか。何故か団子鼻さんは奥に引っ込んで店長さんと話し込み始める。彼らのやり取りをぼんやりと眺めながら、取り敢えず私は“マエンブレンド”を飲み干した。

 しばらくして、ウインクをしながら戻って来た彼は何かメモの様な物を持っている。団子鼻さんによると、このメモはカネキ君が“あんていく”でバイトを始めた時に店長さんから習ったコーヒーの淹れ方らしい。


「あの、どうしてこれを私に? このお店に来ればまた、飲めますよね」

「傍にあったものが何時までもそこにあるとは限らないんですよ。このお店も、俺達も、貴方も、カネキくんも」


 そう言って団子鼻さんはまたウインクを飛ばしてきた。
 結局、お店で使っているという豆の購入先まで教えて貰って、私は“あんていく”を出た。メモ用紙に書かれていた手順は想像以上に複雑で、仕事の忙しさにかまけて中々手を付けられず。


 団子鼻さんの言葉の意味を思い知ったのは、それから半年が経ってからだった。