今が江戸の代であることをいまだ信じられないをちょうど非番であった沖田が京都案内に誘った。 前の時代では、京都の街並みは熟知していたは 大きなお世話だ、と沖田の誘いを断ったが、 あまりにも沖田がしつこかったため、最後には折れて市中を案内してもらう事になったのだった。




に焼かれて



 屯所を出てから、早数刻。 出た時は朝だったはずなのに、既に太陽は達の真上で燦々と輝いている。 は沖田のしつこさに折れてしまった事を、大いに悔いていた。


「本当に分からないのか!?」

「ええ、だから言ったじゃないですかぁ、まだ京には不慣れなので大路ならともかく、こんな路地分かりませんよぉ」


 今現在、と沖田は迷子になっていた。 沖田が京にやって来たのは一年ほど前の事であるが、 自信満々にずんずんと進むに付いて行ったらいつの間にか知らない光景が広がっていたのだ。 もちろんも分かるわけがない。が知る京都は今から三百年近く前のものなのだから。


「お前が京を案内してやると自信満々に言っていたんじゃないか! 無責任にもほどがあるぞ!」

「そんなー。さんがどんどん先に行っちゃうから分からなくなっちゃったんじゃないですかー」

「……」


 その沖田の文句に対しは押し黙った。 確かに、沖田の制止を無視してどんどん路地へと進んでいったのはだったからだ。

 最初は沖田に連れられて京の大路を歩いていた。 しかし、歩けど歩けど、の知っている京の面影は無く、は自分の状況を改めて理解した。 それでも感情が全く追いつかなかったのだ。だからかつて乱丸達と歩いた京の街並みを探して大路を逸れ、細い細い道へと進んでいった。


「あ……、」

「どうしたんですか、さん?」


 それでも今迷子になっているという状況を認めたくなかったはいつか大路に出るだろうと路地を進んでいたが、 あるところで、急に足を止めた。 早足のに急いで付いて行っていた沖田は急に立ち止まったに驚いた。


「ほんのうじ……」


 小さく呟いたの声を沖田は耳ざとく拾っていた。 の視線の先を追うと確かにそこには本能寺と書かれた門とその向こうに立派な大寺院があった。

────違う、私たちがいた本能寺はもっと小さくて…… そうだ、あの時にはもうかなり火も回っていたはず。それが数日やそこらで再建されるはずがない。 ……信じたくない、信じられるはずもない。だが、答えは既に出ていた。

 はその場にしゃがみ込んだ。 俯いていて沖田の方からは表情がよく見えなかったが、 は泣いているように見えた。


「はは……やっぱり、ここには、この時代には、上様も、乱丸も、いないんだな。 私だけが生き残って……」


 しかし顔を上げたは笑っていた。 さっきまであんなに強がっていたが、沖田にはすごく小さく今にも折れそうなほど細く見えた。

 そんなの様子を見て、沖田は居てもたってもいられなくなった。 の視界を遮るように、沖田はを抱きしめた。 いつものだったら、そんなことをされれば、すぐさま沖田を殴っていただろう。 沖田もそれは覚悟の上で、それでもを放っておくことが出来なかったのだ。


「大丈夫ですよ、あなたがこの時代にやってきたのは、きっと意味があったからなんです。 あなたはこの時代に呼ばれたんだと思います。だからあなたは自分を責めなくてもいいんです」


 沖田はに言い聞かせるように優しい声で言った。 はそれを聞いて、それまでこらえていたのか堰を切ったように声を上げて泣いた。


が泣き止むまで沖田はの背中を優しくさすり続けた。


────結局屯所へは本能寺の小坊主の案内で帰ることになった。 なんと本能寺と屯所は目と鼻の先の距離だったらしい。 その道中ずっとと沖田は気まずそうに間隔をあけ、目を合わさないように互いに反対の方向を見ながら歩いていた。