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「どんな経緯にせよ、に家族が出来たと知ったら椿も喜ぶじゃろうよ」



れられない人



 の話を聞いた翁は中庭に植えられた椿を眺めながら穏やかに微笑んだ。 光沢をもった葉が日に照らされ青々と茂っている。 かの花と同じ名前を持った女もまた、にとって"家族"だった。


「して、は蒼紫様や般若達とは会ったのか? 今は東京に居られると聞いたが」

「……直接は会っていませんが、警視庁の密偵として般若達の最期は見届けました。 蒼紫が今どうしているのかは……分かりません」


 はぽつりぽつりと重い口を開き、一連の事件で何が起こったのかを翁に話した。 般若達の顛末を聞いて翁は「そうじゃったのか……」と呟いて少し寂しそうに目を伏せた。 御庭番衆が瓦解し殆どの者が新しい生活を見つけてい中で、 戦いの中にしか生きられない彼らの事は常に気にかかっていたらしい。


「……は、それを全て見届けたんじゃな?」

「それが、俺に課せられた任務でしたから。 『御庭番たるもの、一度任せられた務めは何としても全うせねば』」

「椿の口癖じゃったな。般若達も御頭を守って死んだのなら本望じゃろうて。が気に病む必要はないぞい」


 は翁に何故般若達を助けなかったのかと責められるかもしれないと思っていたが、 翁もやはり御庭番衆の男であった。 御庭番の隠密は、他人の任務に手出しをする事も、自分の任務を手前勝手な理由で放棄する事も良しとはしない。


「しかし、に子供が出来たと聞いた時は、もしや蒼紫様との子かと期待したんじゃが……」


 そう言って大げさに溜息を吐いた翁には苦笑した。 と蒼紫は数年間京都で共に修行した中であるが、その関係性は幼馴染か兄弟弟子のようなものだった。


「俺にはそんな人並みのおなごの様な事は出来ませんよ。 この年になっても月のものも始まらない、女にも男にもなれない出来損ないなんです」

「……は昔から事を難しく考えすぎなんじゃ。もっと自分の心に素直におなり。 少なくとも儂から見て、蒼紫様はに惚れておったぞ」


 翁の言葉には心臓がどくりと波打ったのを感じたが、それもほんの一瞬の事だった。 たとえ翁の言った事が本当だったとしても、それは十年以上も前の話だ。 任務に囚われ仲間を助ける事すら出来ない自分よりも、 一途に慕って東京まで蒼紫を追いかける操の方が良いに決まっている、

 深く考えなくても、そう思えた。



***



 と翁が昔話をしていた其の頃、剣心と操も共に京の街へと入っていた。 かつて緋村剣心が“人斬り抜刀斎”として暗躍したこの京都は、 彼にとって自身の暗い過去を嫌でも思い出させる場所であり、 全国を流浪し続けたこの十年の間に一度も訪れようとはしなかった土地である。

 新時代の為にと花の都を血に染め、数多の人の未来を奪ってきた。
────清里明良と雪代巴の幸せな未来も。"椿"と呼ばれたあの女性の未来も。


「……むら、緋村、緋村ァ!!」

「おろ?」


 思考の淵に沈んでいたせいか、自分を呼ぶ声に気づいた頃には操の不興を買ってしまっていた。


「なんか京都に来てから変よ、あんた」

「そうでござるか? とにかく操殿の家へ向かわぬと。きっと家の人たちが心配しているでござるよ」

「あんたがボーッとしてる間にもう着いたわよ。ほら、そこ」


 操がそう言って指差したのは“葵屋”と看板のかかる料亭であった。 操は御庭番衆だと聞いていたため想像と少し違う“家”の様子に剣心は驚いた。


「あら操ちゃん!」

「お嬢、お帰りなすって!!」

「よく帰ってきたわね! 心配したのよ」


 しかし操の顔が見えた途端に口々にその帰還を喜ぶ料亭の従業員達を見て、 やはり此処は操の家なのだと剣心は実感した。 そして無事操を送り届けられたとなれば自分はお役御免、と剣心は早々に立ち去ろうとしたが、 店の奥から不意に自身の名前を呼ぶ声を聞いてその足を止めた。


「お、剣心。やっと来たか!」

!? どうして此処にいるでござる?」


 現れたのは新月村で別れたの姿で、何故操の実家に彼女がいるのかと剣心は驚き目を丸くした。 そして剣心の問いに答えようとしたのかが口を開きかけたが、 其の前に知らない老人の声によって遮られてしまった。


「詳しい事は中でお聞きになってはいかがかな。操を送り届けて下さった礼もまだじゃしのう。 どうぞゆっくりしていきなされ、緋村抜刀斎どの」


 好々爺然としたこの老人が何故自分のかつての通り名を知っているのかと剣心は疑問に思ったが、 もしかしたらが話したのかもしれない。 そして当のはうろたえる剣心の様子が面白いのか、口元に笑みが浮かんでいる。


「まあ葵屋は料亭つっても隠密御庭番衆京都探索方の本拠地だからさ。 下手にそこらへんで話すよりも一般人を巻き込まなくて良いと思うぞ?」


 剣心の考えは読まれていたのか、は先に断る理由を封じてきた。 こうなっては仕方ないか、と剣心は老人の言葉に甘える事にした。

────に言われれば断れないのは最早条件反射に近い。 昔から剣心はに口で勝てたためしが無いのだ。