20
深く息を吐いた後、綺麗に磨かれた苦無を撫でながらはぽつりぽつりと語り始めた。
それはが師匠の所を出て行ってからの物語で、
剣心がを追いかける様に京に入った後も、決して交わることの無かったの人生であった。
餓鬼と餓鬼
師匠と喧嘩別れをして山を降りた後、
当ても無く走り続けたはやがて京の都に辿り着いた。
疲労と空腹で死に掛けていたを拾ってくれたのは“椿”という女性で、
彼女は行くあての無かったに“御庭番衆”という居場所をくれた。
***
「翁ー、手合わせしてよ!」
「勘弁してくれい、。儂の寿命を縮める気か」
椿に拾われてから一年が経った。
日課となった暗器の投擲や走り込みを終え、軽く汗を流したは翁に手合わせを求めた。
最初の頃は黒達に体術を教わっていたが、最近はそれでは物足りなくなってきている。
「しかし翁、この頃のに敵うものはもう居りませんよ」
「ううむ、そうじゃのう……」
「御頭のところに預けてはどうです?
の噂を聞いた江戸の本隊が欲しがっているそうじゃないですか。
江戸に居る蒼紫君は実力も年頃もにお似合いでしょう」
蒼紫という名前はも聞いた事があった。
ずば抜けた才能を持ち、次期御頭の筆頭候補だという。
「が居らんようになるのは寂しいが、
この才能を燻らせておくのはもったいないしのう。
、お前はどうしたいかの?」
「俺は……もっと強くなりたい。
強くなって、椿や翁達の役に立ちたい」
は一年間共に過ごした京都探索方の皆を家族のように思っていた。
皆の役に立ちたい、その一心では単身江戸へと向かった。
***
翁に紹介状を書いてもらったは、
江戸に着くと教えられた江戸市中の一軒家に向かった。
門の前ではなるほどな、と呟いた。
京の葵屋と同じように外観は完全に普通の屋敷であり、
知らなければ御庭番衆の本拠地とは分からなかった。
はどんどんと門を叩いたが、全く反応が無かったため
そろそろと扉を開けて中に入ることにした。
────殺気を感じたのは一瞬で、は咄嗟に身体を逸らした。
「餓鬼が何のようだ」
「……お前だって餓鬼じゃないか」
鋭い殺気を放つ少年がに投げてきたのは研ぎ澄まされた苦無だった。
正確に眉間の位置を狙ってきたそれは、
当たっていれば確実にの命を奪っていただろう。
────やられたらやり返す、は袖口に仕込んでいた苦無を少年に投げた。
しかし少年の急所を正確に狙ったそれは、少年の持つ苦無によって全て叩き落とされてしまった。
ならば最も得意なもので、とは腰に帯びた刀を抜くと高く跳躍した。
「飛天御剣流、龍──「ちょっと待った」
少年との戦いは一人の男の静かな声によって止められた。
その男は有無を言わさぬ雰囲気でと少年の間に入った。
「蒼紫、彼女はこの前言ったちゃんだよ。
お前だって強い子が京からやって来るって楽しみにしていただろう?」
「こいつが例の“”ですか?
すみません、御頭。男にしか見えなかったものですから」
口では謝りながらも全く悪びれる様子のない蒼紫にカチンときたは思わず口が出た。
「そんな事も見抜けないようじゃ、隠密としてどうかと思うけどね」
「何だとっ!!」
再び臨戦態勢に入った蒼紫に対しても刀を構えたが
“御頭”と呼ばれた男に腕をがっしりと掴まれてしまった。
力を込めてもびくともしない。
「こらこら、二人とも止めなさい。ちゃん長旅で疲れただろう?食事と風呂を用意させるからおいで」
そう言うと御頭はの腕を掴んだまま屋敷内へと引き入れた。
屋敷の中には外からは分からなかったが意外にもたくさんの人間が居て、
新顔であるを興味深げにじろじろと見ていた。
しばらくして熱々の美味しそうな食事が出されると
京を出てから干し芋などの非常食しか食べていなかったは人目も気にせずかっこんだ。
その様子を呆れた様子で蒼紫が見ていたけれどもは無視して食べ続けた。
────横目に蒼紫を見ながらは思った「こいつとは絶対に合わない」と。