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 剣心との喧嘩は全て茶番だったが、そのときに言った言葉がの本音だった。 操の言うように青空を脅して逆刃刀を作らせるのでは意味がないが、納得してもらう努力すらしないで諦めるのは無責任すぎるだろうとは思っていた。 不殺の誓を立てている剣心が飛天の技を十分に発揮するためには逆刃刀が必要不可欠であるというのに。

 しかし今、の関心は、逆刃刀探しから先刻すれ違った“旅人”へと移っていた。 上手く隠しているが、志々雄の放った密偵であることはの隠密としての勘からすぐに分かった。 おそらくこれから剣心の動向を志々雄に報告しにいくのだろう。 運が良ければ志々雄のアジトを探ることが出来るかもしれない、 そう思って突然の単独行動が不審に思われないために先刻茶番を演じたのだ。



割れ



 の読みどおり、剣心と別れたを密偵が追ってくる事はなかった。 反対に後をつけてみれば、比叡山までやってきていた。 おそらく此処が志々雄のアジトなのだろう。 そのまま中まで入る事は憚られたため、は鬱蒼としげる木々の上からアジト入り口の様子を探る事にした。

────都合の良い事に入り口の見張りは一人しか居なかった。 は内部の人間に気取られることなく見張りの男を倒す。 素早くその男の服を剥いで顔も変え、完全にその男に入れ替わると、そのまま時が来るのを待った。

 一時間程すると、次の見張りが交代を告げに来た。 が入れ替わっているということには気がついていないようである。 簡単に引き継ぎをしてアジトの中に入ろうとしたところではその男に呼び止められた。


「あ、ちょっと待ってくれ。 もう少ししたら様がいらっしゃるそうだ。中まで案内してやってくれ」

「“様”が……?」


 志々雄の手下に扮している以上、断ることは出来ず慎次は“様”の到着を待つことになった。



***



 しばらくして石畳を歩く革靴の音が聞こえてきた。 現れたのは、洋装をすらりと着こなす若い男だった。

────は動揺が悟られないようにするのに必死だった。 その男は“”、の双子の弟だったのだ。


「お迎えありがとう。 悪いけど、志々雄さんの所まで案内してくれるかな」


 二十年近く会っていなかったが、それでもには分かった。 男と女という違いはあっても、その容姿はのそれと全く同じだった。 物腰柔らかく微笑んだその青年に絆されたのか、見張りに残るはずだった男も一緒についてくることになった。



***



「ねえねえ、君。次はそこの扉を開けてみてよ」

「は、はい」


 男は既に着いてきたことを後悔している様子だった。 “”はとんだ曲者だった。 正規の工程でなければたちまち迷宮に迷い込む志々雄のアジト内で、 わざわざ横道にそれて、新たな道を開拓しようとするのだ。

 それに付き合わされた、特に先頭を歩かされたその男は既に満身創痍だった。 足を踏み外せば竹やりに襲われ、ふと壁に手をつけば刀が天井から降って来るのだ。 “”に言われて扉を開けた男が、絶叫しながら暗闇に消えたのを見て、 は限界を感じて“”を必死に説得した。
”も少し飽きてきていたのか、その後は慣れた様子で自ら正規の道を進み、 先程までの地獄の道程が嘘のように、すんなりとアジト最奥部まで行く事ができた。


卿、お久しぶりです。よくぞお越しくださいました」

「久しぶり、方治。煉獄の建造は上手く行ってるみたいだね」


 流石に勘の鋭い志々雄の前まで行くのは危険だろうとは頃合いを見計らって""から離れ天井裏へと潜んでいた。 しかし志々雄はアジト内に居ないのか、出てきたのは方治という男だけだった。 ""と親しいのか随分と気楽な調子で男は話している。


「ええ、卿のお力添えのお蔭です」

「それは良かった。志々雄さん、これから楽しい祭を見せてくれるんでしょう?」

「ええ、いよいよ志々雄様の国盗りの開始です。ぜひ楽しみにしていて下さい」


 天井裏では息を詰めてそのやり取りを聞いていた。 以前と違い、歪んだ笑い方をするようになった弟はいったいどのような人生を歩んできたのだろう。


「仕事は“優秀な部下”に全部任せてきたから、しばらくこっちで志々雄さんの活躍を見学させてもらうよ」

「左様でございますか。すぐに部屋を用意させましょう」


 そう言って方治は控えていた部下を呼び寄せる指示をすると “”に今後の計画を話し始めた。 はそれを天井裏で聞きながら、斎藤さんへの良い手土産になると思いながらも 弟が志々雄に加担している事実に複雑な思いを抱いていた。


────“そのとき”には、志々雄と共に“”も闇に葬らなければならなくなるのだろうか。 剣心にああ言ったばかりなのに。 慎次はまだ甘い戯言にしがみ付いていたかった。