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────巻町操は悩んでいた。
 風呂から上がると翁が夕餉が出来たから剣心達のところへ運んでくれと頼んできたのだ。 快諾した操は剣心達のいる座敷へと向かったがそこには二人の姿はなかった。
 もう一度翁に聞けばは屋根裏の武器庫にいるというので、操は「それならそうと早く言ってよねー」とぶつくさ言いながら膳を一度部屋に置くと武器庫へと向かった。



関係




 翁が言っていたとおり、武器庫へ行くと天井裏から隠し階段が下ろされていて、その上でぼそぼそと二人が何かを話しているのが聞こえた。 何を話しているんだろう、と野次馬根性で聞き耳を立てた操はすぐにそれを後悔した。

 それは操の知らないや剣心、そして蒼紫の話だった。 が隠密御庭番衆だったというのは驚きもしたが同時に妙に納得もできた。 これまでの道中で事あるごとに操に苦言を言ってきたのは、操を“隠密御庭番衆”だと思ったからこそなのだろう。

────それにしても、彼は、いや、彼女は、女だったのか。 操にとって一番の衝撃はそこだった。 道中においては剣心と並ぶ強さで敵を倒してきていたし、確かに中性的な顔をしていて男臭さとは無縁だったけれど、 彼女が女だと感じさせる要素は一切なかった。 そしての話によれば蒼紫と一緒に肩を並べて任務を行ってきたのだという。
 ……正直なところすごく悔しかった。自分はかつて蒼紫や般若達についていく事は許されなかった。 それは自分が女だから、幼かったから、操はそう自分に言い聞かせて納得しようとしていた。

 しかしそうでは無かったのだ。 同じ女でも、幼かったでも、実力があれば蒼紫と共に闘うことができたのだ。 悔しくて、悔しくて、操はの昔話を最後まで聞こうと気配を殺した。



***



「操ちゃん、いったい何時までそこにいるつもり?」


 いきなり頭上からかけられた言葉に操の肩は飛び跳ねた。 ずっと前から気づかれていたのだ。は少し呆れた顔をして操を見ている。


「……もう、いつまでそこで油売ってんのよ。爺や特製の夕餉が出来たから早く降りてきて!」


 動揺を悟られたくなくて、操はわざと明るい調子で言った。 は自分の話を全て聞かれた事を分かっているはずなのに、何も言ってこない。 操はそれに甘えた。 蒼紫達のこともに聞けば居場所が分かる気がしたが、操は聞けなかった。
 もし本当にが蒼紫の居場所を知っていたとしたら。

────蒼紫に会ったところで操に何が出来るというのだろうか。



***



 の昔話はもう終わったのか、それとも操にこれ以上聞かせるつもりは無いのか、 と剣心は食事中も終わった後もくだらない話しかしていなかった。

 大体は剣心が東京に居たころにどのぐらいがそれを監視していたか、という話で、 剣心は非常に事細かに(特に薫という女性が剣心に対して好意を抱いていることに関して)動向を観察されていたという話に 時折奇声を上げては「違うでござるよ……」とうなだれていた。

 そうこうしている内に夜は明け、二人は何時寝たのかは分からなかったが、 翌朝、操が二人の居室に押し入った時には涼しげな顔で身支度をしていた。

 操としては二人を京都見物に連れ出すつもりであったが、 昨日のうちに翁が手配していた人探しのうちの一件、新井赤空の行方が分かったということで 急遽予定を変更し、既に亡くなったという赤空の息子、青空が住む村へと向かうことになった。
 廃刀令の煽りで刀匠をやめ金物屋を営んでいるという情報だったが、 息子の腕も確からしい。青空なら剣心の新しい逆刃刀を打ってくれるはずだと操は期待していた。



***



「すみませんが、ボクはもう刀を造るのはやめていますので、その依頼勘弁してもらえませんか」


 しかし操の期待はあっさりと裏切られてしまった。 操たちの前に現れた赤空の息子、青空はもう刀は打たないと決めているという。


「平和が好きなので」


 そう言ってはにかんだ青空の言葉を剣心は受け入れてすぐに引き下がってしまった。 操は納得がいかなかった。 せっかく一歩前進したかに見えた逆刃刀探しが、振り出しに戻ってしまったのである。


「……なあ、剣心。お前本気で逆刃刀を探す気はあるのか?」


 青空に食い下がろうとしたところを剣心に抑えられしぶしぶ葵屋に戻る道中、 とつとして歩みを止めたが剣心に言った。


「……? どういう事でござる」


 青空の前では一言も発さなかったがいきなり異を唱えたことに剣心も戸惑っている様子だった。


「一回断られたぐらいですぐに諦めるのか? あれほどの腕を持った刀匠はそうそう居ないぞ」

「しかし、心から平和を望んでいる青空殿たちを志々雄との戦いに巻き込むわけにはいかないでござるよ」


 剣心はやはり操に言ったのと同じ主張をする。しかしはその理屈では納得しなかった。


「お前も新月村の惨状を見ただろう? 日本が志々雄の手の下に落ちれば、あの親子だってあのまま平和に暮らし続ける事なんて出来ないんだよ。 青空に使途を説明して説得することだって出来るはずだ」

「ちょ、ちょっと何よ。いきなり如何したの?」


 剣心の襟首を掴んでさらに捲くし立てるに戸惑い、操は仲裁しようとと剣心の間に入った。 しかしは収まることなく苛立った様子で剣心を突き飛ばす。


「お前がこのまま甘ったれた戯言を言って逆刃刀探しを進めないなら、 これ以上お前に付き合う気にはなれないね。こっちも忙しいんだ」


 そう言い残すとは操の制止を振り切って葵屋とは反対方向に歩を進めた。 慌てて追いかけようとする操を剣心は静かに抑えてきた。


「どうして追っかけないのよ、がいないと困るんじゃないの!?」

なら大丈夫でござる。きっと何か考えがあるのでござろう」


 操と翁にしか聞こえない程度の小さな声で、剣心はそう断言した。 きっとはこうやって、蒼紫にも信頼されていたのだ。 そう思うと操は悔しさや情けなさで、それ以上何も言う事が出来なかった。