27
巻町操は苛立っていた。
数日前に剣心とは葵屋を出て行っていた。
いざという時に、頼ってはくれないのか、と操は除け者にされたように感じていた。
どこまでも、追いかける
「ほれほれ、操。いつまでもそんな顔しとらんと、
気分転換に昼は外で食べて来たらどうじゃ?」
そう言って翁がくれた駄賃を持って、操は最近出来た近所の牛鍋屋へと入った。
こんなもやもやとした気持ちは肉でも食べて晴らすしかない、と思ったのだ。
「いらっしゃい!!!」
叫ぶような声で仏頂面で操を迎えた少年は何ともみょうちきりんな恰好をしていた。
そんな少年とは対照的な愛想のよい女性に通された座敷は一人客には広すぎて、
操の気持ちは余計に沈んでしまった。
……緋村やにこういう店も紹介したかったのに、と余計な事まで考えてしまう。
「……あの、ご注文は?」
不毛な思考を巡らせているうちに、何度も声を掛けられていたらしい。
注文を尋ねる女性は困った様子だった。
「あ、ごめんなさい。えっと……」
どんな料理を置いているのだろう、と壁に掛けられた札を見ようとして
その横に掲げられた張り紙に操は釘づけになった。
「緋村!!??」
張り紙に“探し人”として記されたその人物の特徴は数日前まで葵屋にいた男そのものであった。
「あなた、剣心を知っているの!?
教えて、剣心は何処?」
思わずでた声に女性が大きく反応して操の肩を強く揺さぶった。
剣心の居場所を必死で尋ねるその姿を見て、
操はこの女性がが言っていた“剣心が東京で好きあっていた人”だろうと直感した。
***
結局牛鍋はあとにして、神谷薫というその女性からの質問にこたえることになった。
とは言っても最初はお互い相手に聞きたい事が聞けずお見合い状態になって気まずかったが
弥彦という少年にせっつかれたところで、薫が単刀直入に質問してきた。
「え……と、操ちゃん。剣心は今、何処に?」
「あいにく何処にいるかはちょっと……。三日前までは一緒に暮らしてたんだけどね」
薫の真剣な様子に、操としては誠実に対応しようと知っていることを正直に話したつもりだったが、
それがあらぬ誤解を与えたらしい。
薫は操の言葉に固まって、店員の女はにやにやと笑っている。
「ち、違う!
京都までの道中、連れだってたからそのまま家に泊まってただけよ!
決してそーゆう仲じゃあ……」
「道中連れ立つ?」
必死で釈明したつもりが、余計に誤解を生んでしまったようで操はずっこけた。
「道中連れ立つって言ってもって人と三人でよ!
それに家で相部屋だったのはと剣心だし……」
「って、か?
あいつだって女だろ、つまり剣心はとデキてたのかよ」
にまであらぬ疑いがかかってしまい、操はいよいよ頭を抱えた。
確かにと剣心は元同門というだけあって、以心伝心、という感じだったが
恋仲というのとはきっと違う。
────はきっと……
「だーかーら────私と緋村はただのトモダチ!!!」
「……あんな風に分かれて、泣きに泣いて恵さんに叱咤してもらって
心を決めて京都に着いてみた結果がコレ?」
固まっていた薫が突然わなわなと震えだした。
え、なにこの人怖い、と操が気圧されていると
新たな客が店に入ってきた。
「おお、今日はなんか賑やかだねえ。
それより、見たかい冴ちゃん。今時あんな狼煙、祭でもやるんかねえ」
「狼煙!?」
その意味するところが分かった操は荒ぶる薫の肩を強く掴んだ。
「一つ質問に答えて。
緋村が今日本の行く末を左右する闘いに挑んでいるのは知ってるよね、あなた」
「ええ……」
「生半可な気持ちでそれに関わるのが自分にも緋村にも危険だってのも分かるわよね」
「ええ」
「……それでも緋村に会いたい?」
操は薫の覚悟を聞きたかった。
覚悟を決めて決戦に挑む剣心とに迷惑は掛けたくない。
「あなたは、人ひとりに会うために東京ー京都間を旅したりする?」
薫のその言葉は操だからこそ信じられるものだった。
蒼紫様を探して日本中を旅したのは決して生半可な気持ちからじゃない。
「……しないわね。
ついて来て! 緋村のところに案内するわ!!」
***
「一介の陶芸家にいきなり斬りつけるとは、随分無粋な輩だな」
「“比古清十郎”は一介の陶芸家ではないでしょう」
十年以上ぶりに会った師匠は相も変わらぬ若作りで全く老けていないように見えた。
今は陶芸家としてその界隈では有名らしく、
の読みはあたっていたな、と剣心は改めて感心していた。
「お久しぶりです、師匠……」
喧嘩別れして出て行った手前、合わせる顔が無いと剣心も思っていたが、
これまでの道中で、今の自分の実力に限界を感じていた。
東京で別れてきた薫達のためにも、平和の時代を生きる青空一家のような人々のためにも、
志々雄真実に負けるわけにはいかないのだ。
「十五年前にやり残した『飛天御剣流奥義』の伝授……今こそ、お願い致したい」