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「流浪人、ねぇ……」


 維新の戦いから抜けて以来、剣心は自らを『流浪人』だと称している。 これまでの監察でも分かってはいたが、やはり剣心の腕は落ちている。
 様子を見ようと登った木の上ではため息をついた。 赤末との戦いを一部始終ここから眺めていたが剣心は気配を消したの存在になど気づいていなかっただろう。これでは斎藤と勝負になるわけがない。
 殺されるだろうな、そうは思った。


────『流浪人』じゃ、守れないよ?


 斎藤はもう神谷道場にいるのだろう。
 剣心が『流浪人』であろうとするならば、そのまま流れ続けなければならない。 いくら居心地が良いからと一所に留まれば、『緋村剣心』という存在は確実に周囲の人達を巻き込むというのに。



れないよ



 剣心が赤末を倒し去って行った後、は木を降りてのびている赤末を叩き起こした。 そのまま殺してしまっても良かったが、意識の無い人間を殺すのは幾ら情の薄いといえど少々気が咎めた。


「お、お前は……斎藤のヤロウと一緒にいた……!?」

「うん、そう。起きたところで悪いけど、死んでくれないかな? 俺、早く斎藤さんの方に行きたいんだよね」


 状況が掴めていない赤末にが淡々と告げると、赤末の表情がとたんに怯えへと変わった。滲み出るの殺気に気が付いたのか。


「ま、まて、助け……」


 赤末は必死にに向かって命乞いをしたが、その言葉が最後まで紡がれることは無かった。
 斬られた本人が気づかないほどあっという間に、赤末の首はその体から離れていた。草原にごろりと首が転がる。には返り血一つ付いていなかった。
 刀に付いた血を拭い、は神谷道場へと奔った。



***



 俺の肩をやった男は本名を『斎藤一』というらしい。 斎藤は、剣心が幕末の時より弱くなったと言う。 そんなはずはない、と相楽左之助は思った。剣心は自分が今まで出会った中で一番強い男。 ────なのにその剣心が。

 目の前で繰り広げられる幕末の戦いを見て、左之助は己との力の差を改めて思い知る事になった。


「止めて! 誰かあの二人を止めて……!!」


 左之助の隣で薫が悲痛な叫びを発した。
 剣心も斎藤もボロボロだ。おそらく次の一撃で決着がつくだろう。


 この場合の決着とは、どちらか一方が死ぬという事。


 『止めなければ、剣心が』そう皆が思うものの、目の前の戦いを自分達が止める事は不可能。 互いに気力だけで向かっていく二人を見て、これから起こる事を予想し左之助は無力な拳を握り締めた。

────しかし次の瞬間訪れたのは、二人の命がぶつかり合う衝撃ではなく、不自然な静けさだった。

 何事かと左之助が二人を見ると、なんと剣心と斎藤の間に一人の青年が割り入っている。 その青年は剣心と斎藤の両者の首筋に自身の刀と短刀を当てていた。
 左之助は目の前の事態に、ただただ目を丸くすることしか出来なかった。 道場全体に広がる静けさに、弥彦がごくりと唾を飲む音が聞こえた。


「しょうがないなぁ、斎藤さん。ここで戦力削っちゃってどうするんですか」


 この場に似合わないまるで緊張感の無い声。
 斎藤に話しかける青年は、今だに刀と短刀を二人の首筋に当てたままだ。
────少しでも動けば首が切れてしまうような、そんな事をあの一瞬でやってのけるとは。 左之助は素直にその青年に感心してしまった。


「邪魔をするな、


 斎藤が刃をあてられた状態のままで青年を睨む。その場にいた全員が身を竦ませる様な鋭い殺気だ。


「はいはい、文句は後で聞きますから。ここら辺でやめとかないと、大久保卿がもうすぐ来ちゃいますよ」


 “”と呼ばれたその青年は斎藤の殺気に動じることなく飄々と言葉を返す。
 それを聞くとチッと斎藤は舌打ちをし、折れた刀を鞘に納めた。


「後はまかせる。お前が適当にやっておけ」

「ええ!? 嫌ですよ! 斎藤さんが残ってくださいよ」


 斎藤の命令を青年はすぐさま拒否したが、それを無視して斎藤は道場を出ていく。青年は途中まで追いかけていったようだが、諦めたのか此方まで聞こえるほど大きなため息を吐いて道場へと戻ってきた。

 改めてよく見た青年は、その剣腕に似合わない線の細い優男だ。 警官の洋装をすらりと着こなすこの男は、赤べこの妙が見たら騒ぎそうな顔をしていた。
 しかし今はその顔を歪め、不機嫌を隠すことなく何かを待つように門扉の方を睨んでいる。その威圧感からか、誰もが青年の正体が気になっている筈なのに言い出せず、奇妙な沈黙が続いていた。


「お前……なのか!?」


 その沈黙を破ったのは普段と違う様子の剣心だった。