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「お前……なのか!?」


 青年の後ろ姿に向かって、剣心は思わず問いかける。確信していた。
 青年は困ったように頭を掻きながら振り向いた。

────それは紛れも無い、だった。







「どうして……! 生きていたなら、なぜ知らせてくれなかったんだ!!」


 剣心は安堵すると共に、この十年間何の連絡もくれなかったにどうしようもない怒りを感じていた。不毛な問いだとは剣心自身、分かっていた。


「どうしてって、お前どうせ流浪人とかいって全国ぷらぷらしてたんだろ? 無理に決まってんじゃん」


 そう言って簡単に切り返してくるに剣心は黙り込んだ。


「なあ剣心、こいつ誰なんだ? 斎藤の仲間じゃねえのか」


 進もうとしない話の展開に痺れを切らしたのか左之助が割り込んできた。 薫も、弥彦も、どういう事だと剣心に問うてくる。
 しかしそれに答えたのは剣心ではなくだった。 は何の感情を込めるでもなく淡々と事情を説明する。顔には薄っぺらい笑顔を貼り付けて。


「私は緋村さんの同門のと申します。先ほど失礼致しました斎藤という男は私の上司にあたります。本日は今私達があたっている任務の事で緋村さんに頼み事があって来たんですよ」


────そうですよね、大久保卿?
 と、がつらつらと説明したところで最後に入り口の方を振り向いた。つられて剣心達もその方を向くと、そこには維新の立役者、大久保利通が立っていた。

 は先ほどまでの不機嫌さが嘘のように唯にこにこと笑っている。そういう所は斎藤に似ていると剣心は思った。そんなことを言えば間違いなくは怒るだろうが。


「ああ。手荒な真似になったが緋村、我々にはどうしても君の力量を知る必要があった。……話を、聞いてくれるな」


 に促され、大久保は重々しく口を開いた。
 自身に向けられる大久保の強い眼光に対し、剣心は睨む様に見返す。


「ああ、力ずくでもな」

「……それでは私は署の方に帰らせて頂きますね」

「いや、君は残ってくれ。君がいた方が緋村も納得しやすいだろう」


 長居は無用だとばかりにはもう出口へと歩き始めていたが、川路に呼び止められ立ち止まった。 川路の方をふり向いたその一瞬、と川路との間の空気が凍りついたのが剣心には分かった。 それは微笑の仮面に隠されたの本性が垣間見えた瞬間だったが、それは本当に一瞬の事である。


「そうですか。剣心がいた方が私も心強いですし、ご一緒しましょう」


 は再び芝居がかった笑みを浮かべて、そう答えた。


「外に馬車を用意してある。二人とも来てくれ」

「寝惚けるな、この事件に巻き込まれたのは俺一人では……」


 途中まで言って黙り込んだ剣心に神谷道場の面々が声をかける。そこでやっと剣心は、“流浪人”である自分を失いかけていたことに気が付いた。
 自分自身の顔を殴りつけ、頭を冷やす。


「“拙者”一人ではござらん。話はここにいる皆で聞く」


 いつのまにか『俺』になっていた一人称を、意識して『拙者』に戻す。それを聞いて安心したのだろうか、怪我をしていることも忘れて薫が剣心に抱きついてきた。激しい痛みが頭を突いたが、それほど皆を心配させていたのだとかえって冷静になる事が出来た。


「……だそうですが、どうします? 大久保卿」

「言うとおりにしよう、今は緋村の力が何よりも必要だ」


 大久保の言葉で道場を出て行こうとしていたも戻ってきた。そして道場の床に正面に座る大久保に向かってぐるりと剣心達が座った。は腕を組み壁にもたれかかり傍観の姿勢を決め込んでいる。


「今更廻りくどく言っても始まらない、単刀直入に話そう。緋村」


────志々雄が京都で暗躍している。