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 志々雄が京都で暗躍している。



志々雄



 おそらく剣心だけが、それが意味する所を理解していた。きょとんとする薫達と対照的に剣心の瞳が鋭く険しいものになっていく。


「志々雄真実、拙者が“遊撃剣士”の役を負い新撰組などと闘うため裏から表に出た後、“影の人斬り”を引き継いだもう一人の長州派維新志士 ……いうなれば“人斬り抜刀斎”の後継者でござる」


 剣心の発言を聞いた反応はそれぞれだった。
────人斬りの後継者、志々雄真実。も以前からその存在は知っていた。正しくは何回か会ったこともある。この場合の会うとは“殺り合った”ということでの同輩も幾人も殺されていた。
 しかしそうは言ってもに志々雄に対する私怨は無い。武器を持った以上、自分よりも強い相手に殺されるのは仕方の無い事だ。


「だが、どういう事でござる? 志々雄は十年前の戊辰戦争で死んだと聞いているが……」


 剣心の問いに大久保は無言で答える。その表情で剣心も悟ったらしい。


「────志々雄が生きたまま新時代を迎えれば、そういった弱味につけ込んで増長し日本は志々雄一人の手の平で弄ばれる事にもなりかねない」

「だから戊辰戦争の混乱に乗じて殺した……でござるか」


 だから志々雄が生きている、と斎藤に聞かされた時はも少し驚いた。刀で幾度も斬り付けられ、刺され、その上で火までかけられたのだ。殺し方も狂気じみているが、そこから生き返った志々雄真実も狂っている。


「幾度と無くさし向けた討伐隊はことごとく全滅……もはや頼みの綱はお前しかいない。この国々の人々のため緋村、今一度京都へ行ってくれ」


 そう剣心へと嘆願する大久保の頬は痩け、ずいぶんとやつれている。たかが一人の男に一国をゆだねようとは、何とも情けない政府だと思う。しかしそんな政府に自分は雇われ、賃金を貰っているのだから何ともやるせない。

 ────そうこうとが自分の世界に入っている間に大久保達の話は進んでいた。どうやら交渉は上手くいっていないようだった。原因は神谷薫はじめ、以下数名が「剣心は行かせない!!」などと言っているからだ。
 先の見えない不毛な言い争いにの口からは自然とため息が出てくる。息に形があれば、積もりに積もってもう足など埋まっているのではなかろうか。

 結局神谷薫たちは交渉に応ずることなく、一週間後までに剣心自身が決めるという事で収まった。 話が終わったならばとは大久保等に続いて早々に退散しようと出口へと向かったが、ふいに声をかけられて立ち止まった。


っ……」


 名を呼ばれ剣心の方を振り返る。
 を見るその目は今までと違い、かつての物と似ていた。言いたい事はお互いあるのだろうが、この感情を言語化出来るほどの中で“あの時”の事は消化出来ていない。
 はしばらく剣心を見るとついと目をそらし、再び出口へと歩き始めた。


「待ってくれ、話したいことがあるんだ……」

「……俺には無いよ」


 今度は振り返りも、立ち止まりもせずには言った。その後ろ姿はやがて夜の闇へと消えていく。誰も止める者はいなかった。