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「俺は、剣心に言うことはない」
決断
斎藤との戦いの後、誰も居なくなった道場で一人、剣心は腰を下ろしていた。
(……なぜが?)
あの戦の最中に、剣心はの大切な人を殺した。そしてそれを止めようとしたの事も。十年たった今でも、あの時のの顔が忘れられない。
忘れることなんかできない。
***
「なぁ剣心、昨日お前らを止めた奴はいったいナニモンなんだ?」
結局剣心は一睡も出来ないまま朝を迎えた。左之助は昨日の出来事を不審に思っていたようで、朝一番に尋ねてきた。
「本人も言っていたがは拙者と同門、飛天御剣流の剣士でござる。別れてから十年以上になるが……」
「十年って……じゃああいつ何歳なんだよ!? ありゃぁ、どう見たって嬢ちゃんぐらいの年にしか見えなかったぜ!?」
────突っ込むのはそこか。
いささか拍子抜けした剣心だったが、その懐かしさに自然と頬が緩む。似たような事を、かつて自身も薫達から言われていた。
「そうでござるなぁ、は拙者の三つ下だから今は二十五のはずでござるよ」
「マジかよ! ……そりゃあ、お前と言い、ここまで来ると詐欺だな」
「それは酷いでござるよぉ……」
とほほ、と剣心はため息を吐いた。自分自身を童顔だとはさして思わないが、は確かに十七、八にしか見えない。幕末の頃からあまり変わっていないように思えた。
***
「斎藤さん、渋海は結局どうしたんですか?」
「始末した。腐った政治家など、いらんだろう」
至極当然のように言ってのけた斎藤には少し面食らった。確かに斎藤は昔からこういう人間だったが、渋海はあれでも政治家であり破落戸の赤末と違って後始末も大変だったろうに。目の前の男は何食わぬ顔で蕎麦を食らっている。
「剣心は来ますかね」
「さあな、どちらにしろ流浪人のままのあいつでは足手まといだ」
それは先日の斎藤との対決でも明らかだった。“抜刀斎”は確かに強い。しかし流浪人としての剣心は、あまりにも不安定だ。
「なんというか……剣心って今までも“誰かを守る”ために抜刀斎に立ち戻ってるんですよね。でも、“この前”は違った。それは剣心も気づいていると思います」
「フン、お前もあいつの監察係が板に付いてきたみたいだな」
「うわ、気持ち悪いこと言わないでくださいよ。これでも同門ですから、あの単純馬鹿が考えていることはだいたい分かるんです」
そういっても蕎麦をすすった。無類の蕎麦好きである斎藤の行き着けだけあって、文句なしに美味しい。
「お前は抜刀斎と京都に向かえ。余計な寄り道をさせないようにな」
「ま、来たらの話ですけどね」
ため息混じりに壁に掛けられた暦を見る。
────五月十四日、剣心との約束の日だった。