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 真実が村を出てからの話に笑い、驚き、感心していると、あっという間に時間が経っていた。真実の語る京の街は刺激に満ちていて、とは全く違う世界の話のように思えた。



 真実と交わす笑い声の中で、の耳が微かな音を捉えた。
 もともとは人よりも耳聡い。近目の分を補うために耳が鍛えられたのかもしれない。
――足音が複数聞こえた。その向かう先は、此処だ。


「真実くん、そこに隠れてて」

「どういう事だ?」

「とにかく、早く」


 いぶかる真実を無理矢理押し込め、は性急に引き戸を開けた。


「どうされましたか」

、なんでお前ここに」

「……隣の家の奴だったか? なぜここに居る」


 扉を開けた先に居たのは、村長と真実の行方を捜しているという男達だった。――最悪だ。震える手を握りしめて、は誤魔化すように笑った。


「あなた方が荒らされた部屋を片付けていただけですよ」

「それを信じるとでも? 中を改めさせてもらおう」

「ここは俺の友人の家です。貴方達に荒らされるのを、みすみす見過ごすわけにはいかない」

、やめろ。この方達に逆らうな」


 村長は有無を言わさぬ口調でに迫ってくる。しかしここで真実を彼らに渡してしまっては、確実に真実は殺されてしまうだろう。


「お前が許すかどうかは関係ない。どけ!」


 強い力で押しのけられ、男たちはずかずかと中へと入っていく。は止めようと必死で男の腕を掴んだが、力の差は歴然で、の手はすぐさま払われてしまった。


「待ってくれ! 貴方達に咎められるような物は何もないんだ!」


 の静止を無視して、男達は手当たり次第に家の中の物をひっくり返していく――ついにその手は真実を押し込めた物陰にまで及んだ。


「あびゃ」


 “もう駄目だ”がそう思った時には、男は絶命していた。喉元に突き刺さった切っ先からは真っ赤な血が滴り落ちている。


「ごちゃごちゃさっきから五月蝿ェな」

「志々雄真実!!」


 維新志士はそこで初めて真実の存在に気が付いた。最初に殺された男に比べれば腕が立つらしい。男は幾度となく繰り出される真実の斬撃を何とか食い止めている。


「っ……」


 しかし次第に男の息は乱れ始め、反対に真実は楽しげに嗤笑を漏らしている。――そこでようやく、は真実がただ遊んでいるだけなのだという事に気が付いた。


「うっらああ!!」


 真実と男の戦いは暫く続いていた。しかし歴然とした力の差に、真実は次第に飽きてしまったのだろう。男が渾身の力を込めた斬撃を二本の指だけで受け止めると、がら空きとなった男の身体を鋭い一閃で二分した。
――どういう理屈なのか、斬られた男の身体からは轟々と炎が上がっている。


「真実くん」

「ま、見た通りだ。俺はお尋ね者の極悪人ってわけだ」

「真実くん」


 と真実の足元には維新志士二人の死体が転がっている。燃える死体は醜悪な臭いを放っていて、は今すぐにでも吐き出したい気分だった。


「村長、逃げたよね……」

「ああ、あいつの事だから言いふらしたりはしねェだろ。この村で維新志士サマが死んだとなりゃ、損するのはあいつだからな」


 動揺が収まらないに対し、真実は淡々と状況を分析している。


「そっか……真実くん。これから、どうするつもり?」

「俺は一人でどうとでも出来るさ。それよりお前、どうせ此処にはもう居られないだろ。ついてくるか?」


 真実の言葉に“あの日”の事が蘇る。真実が初めて人を殺した、あの日。真実はあの時から変わらず、優しかった。
『お前が“真実”に近しい者だと知られれば、それを利用される事だって有り得る』あの十字傷の青年の言葉がガンガンとの頭に鳴り響く。


「ありがとう……。それじゃあ、俺の家に寄ってからでも良いかな」

「さっさとしろよ。どうせ荷物なんか大して持っていけねぇんだ」


 真実は少し呆れたような声で笑う。
 は真実に背を向け、自宅へと向かった。



***



 は自宅から、出来るだけ金目になるものをかき集めていった。父の形見も、母の形見も、妹の形見も――きっと、売り払う事になるだろう。それでも、いい。今のにとって何よりも大切だったのは、真実がこれから先も“生きていく”事だった。


 脳内で繰り返されるのは、あの時の青年の言葉だ。


『お前が“真実”に近しい者だと知られれば、それを利用される事だって有り得る』

(そんなの、関係ない)


 確かに、真実はきっと、今までみたいにこれからも、の事を助けてくれるのだろう。それはの自惚れではない筈だ。――けれど。


(俺が本当に足手まといになった時には、真実くんは躊躇なく、俺を殺してくれる)


 に迷いは無かった。後からうじうじと後悔するぐらいならば、人生をかけて真実に付いていきたかった。


「……早くしろよ、。お前は昔からうだうだ悩んでばっかだな。嫌なら付いてこなくて良いんだぜ?」


 そこまで長い間待たせているつもりは無かったのだが、真実は痺れを切らしての家にずかずかと入って来た。いつも自信に満ちた顔をしている真実が、今は僅かに不安げな表情をしている気がする。
 それを見ては少しだけ、嬉しくなった。慌てて残りの荷物を包むと真実の元へと向かう。


 月の明りは分厚い雲が遮っている。静まり返った漆黒の闇の中、と真実は行く当ての無い旅を始めた。