道場での一騒動の後、土方を追ったは
土方が買い物の品を確認するのを傍らに控えて待っていた。
よし、と言われたのですぐに使用するもの以外は所定の位置に片づけていく。
ふと視線を感じたので後ろを振り返ると、土方が何か言いたげな表情でを見ていた。
君の気まぐれに一喜一憂
「不満か……?」
「え、何がですか」
「俺の小姓にさせた事だ」
土方とはここ数日何度か話しただけであるが、その性格は隊士達に言われるような冷酷非道の鬼ではないらしい。
今もこうして少し迷っているような表情をに見せている。
「いえ。ご存知の通り私にはこの時代、将軍に対する尽忠の志はありませんし。
そのような人間に斬られては浪士達も可哀想でしょう?」
「クク……違ぇねえ」
のすげない返答でこの話はお開きになった。
とりあえず、お使い程度でもう迷子にはなりたくなかったので土方に京都の地図を借りておいた。
大路の位置などはほぼ変わっていないようなので、すぐ覚えられるだろう。
そのまま土方の部屋で、現代の常識を教えて貰いながら書状の整理や代筆の仕事をしていると、
気づけば日は沈みかけ東の空にはうっすらと白く三日月が浮かんでいる。
そしてどうやら今晩はを含む新入隊士たちの歓迎会を開くらしい。
賄方である山崎歩に何か手伝おうかと申し出たが、「クンは歓迎される側なんやから!」と言って断られてしまった。
────実際の所は、の残念な調理能力を歩が目の当たりにしていたからなのだが。
***
宴会が始まり、ヘベレケになった男たちが次々とに絡んできた。
特に原田左之助と永倉新八はその筆頭で、どこから仕入れてきた情報なのか次から次へと質問攻めにしてくる。
「ってさー、総司から時々女の名前で呼ばれてねぇか?
確か……""ってよー」
「あー、それですか……」
「そうそう!あ、もしかしてサ。
クンって女の子なの!?線細いしサ!!」
原田の質問に面倒くさそうにため息を吐いたに対し、「もしかして本当なのか!?」と他の隊士達が詰め寄ってくる。
沖田のせいで面倒な事になった、とは苦々しい思いであらかじめ考えていた言い訳を隊士達に話した。
「という名前は私の幼名です。
生まれた時、非常に体が弱かったらしくて……。
私の故郷では、そういった子供には女の名前を付ける風習があるんです。
沖田さんは面白がって女名で呼ばれますが、全て無視しますので」
「へー、でもそんな細っこい腕じゃ無理もねえなあ」
「イヤイヤ、今は関係ないですし、元服してって名前も貰ってますから。
それにこう見えてちゃんと筋肉ありますよ、ほら」
入隊叶わず不貞腐れている鉄之助と縁側で話をしていた沖田は宴会の場に戻ってきたところで、
目の前に広がる光景に自分の目を疑った。
なんと―彼女は正真正銘の女だったはずだ―が隊士達の前で着物を上半身脱いでしまっているのだ。
「な、何やってるんですかさん!?」
「おお、総司!今が見た目の割に良い筋肉してるって話してたんだよ!
腹もしっかり割れてるし、胸筋もスゲェしな!!」
そう言ってガハハと笑って原田はバシバシとの胸を叩く。
勿論さらしをしっかりと巻いている状態ではあるが、ある程度の厚みは隠しきれない。
それを鍛えた胸筋だと言い切ってしまうの大胆さに沖田は舌を巻いた。
「イタタ、やめてください原田さん。火傷の傷、まだ治ってないんですから」
「おお、悪かったな!ガハハ」
さらしを巻いているのはそういう設定にしたらしい。
は面倒くさそうな顔をしながらも無視はせずに質問攻めに答えている。
隊内でも随一の美形であることも相まって既に隊士達の人気者になっているようだ。
────さんを敵に回すと怖そうだ……
隊士達の様子を見て沖田はそう確信したのだった。
***
此れは余談であるが。
数刻後、は歓迎会にて自身の好感度を上げすぎた事を酷く後悔していた。
雑魚寝している同室の者達、さらには別室の者までがの布団に押しかけ、
"衆道の契り"を結ぼうと迫ってきたのだ。
勿論こんな奴らに"掘られる"のは真っ平御免である。
襲ってくる男達を千切っては投げ千切っては投げ、貞操は守ったのだが、
毎晩こうなってしまうのであればたまらない。
結局、翌日からは沖田の部屋に押しかける事になった。
押入れの中ではあるが、貞操を狙ってくる男共との雑魚寝よりはマシである。
沖田の部屋と土方の部屋は隣り合っている。
鬼の副長と一番隊隊長の側で無体を働こうとする気概のある隊士は居ないだろう、と考えたのだ。
こうしては静かな寝床を確保することに成功した。
今まで鬱陶しいと思っていた沖田の存在に初めては感謝したのだった。