土方の小姓と言っても、その実屯所内の様々な雑事を頼まれることも多い。今朝も賄方の歩から買い出しを頼まれたため、は荷物持ちをしてもらおうと鉄之助を探していた。

 聞けば朝からずっと“山崎烝”の後を追っているらしい。……いったい何を考えているのか、とため息を吐きながらは山崎の部屋に向かった。



切と大きなお世話



 襖越しに声を掛けても返事が無かったため、そろそろと山崎の居室の襖を開けたは目の前の光景に頭が痛くなった。


(きっとコレ、鉄之助君のしわざだよな……)


 押入れに整然と収納されていたであろう着物の数々は無残に床に広げられ、化粧道具は使いっぱなしの状態で放置されている。この惨状を見てしまった以上、そのままにしておくのは山崎に申し訳ない。は散らばる着物を一つ一つ片づけていく。


「あれー?クン何してるの」

「鉄之助君が山崎さんの部屋を荒らしていったようなので片づけている所ですよ。永倉さん達は今日は非番ですか」


 八割方片付いたところで、永倉と原田が部屋に入ってきた。は着物を畳む手を休めることなく、永倉の質問に答える。


「そ、これから街に出て遊ぼうかと思ってるんだけどサ」


 そこまで言った所で永倉はにんまりと笑った。横に立つ原田にこそこそと耳打ちしたかと思ったら、それを聞いた原田もニヤニヤと笑い始めた。……は嫌な予感がして早々に二人を追い返そうと立ち上がったが、反対に原田に後ろから羽交い絞めにされてしまった。
 

「原田さん、何のつもりですか!?」

「いやー新八がさ。お前にその女物の着物着せたら似合いそうだなーって言うからよ」

「何言ってんですか、私は男なんですから女装なんて似合うわけないでしょう!」


 原田に抑えられた状態で永倉が脱がそうとしてくるので、は必死で抵抗した。先日の飲み会では上半身だけだったから何とか誤魔化せたが全身を剥かれては流石に女だとバレる。


「イヤイヤ、男の子でも似合う子は居るヨ。さあ脱いで脱いで!」


 そう言って永倉に袴を下ろされたところで、にとって天の助けが来た。


「あら、皆なにやっとるん?」

「あ、あゆ姉たすけて……」


 三人の様子から事情を察したらしい歩は即座にから原田と永倉をひっぺがすと『ちょっと外で待っとき』と二人を部屋から追い出し襖を閉めた。


クン、気を付けんと。あの二人は無茶ばっかりするんやから」

「そうですね。アユ姉、助けてくれて有難うございました」


 が歩に礼を言い、永倉達に乱された着衣を整えているとその手を歩が掴んできた。


「あら、今からまた別のん着るんやから直さんでもええんよ?」

「どういうことですか……?」


 にっこりと笑う歩の手にあるのは先程永倉達に着せられかけた女物の着物。不吉な予感には後ずさりしたが歩の圧力には到底逆らう事は出来なかった。あれよあれよという間に着付けされ、さらには化粧まで施されていた。


「出来た。うちの最高傑作やな」

「恥ずかしくて死にそうです……」

「何言うとんの。クンは本当は女の子なんやから、可愛い恰好せんと!」


 そういって自信満々の歩によって、は部屋の前で待っていた永倉達に引き渡された。若い町娘の姿に変わったに永倉も原田も絶句している。


「二人とも、ご希望のクンの女装姿が見られたんやし、買い出しの荷物持ちしたってくれへん?」

「おーいいぜ!お安い御用だ」

「ちょうど街に出るところだったから構わないヨ」


 原田と永倉がそう言って快諾したところで、歩は買い出しの品物に味噌と醤油を追加してきた。全て買い揃えればかなりの重量だ。笑顔がひきつる原田達を横目に見て、新選組内で一番敵に回してはいけないのはこの歩なのかもしれない、とは冷や汗をかいた。



***



 女装姿を他の隊士に見られたくなかったはさっさと屯所を出ようと、そそくさと裏門へと向かったのだが、同じく非番でぷらぷらしていた沖田に目ざとく見つかってしまった。結局、街には沖田永倉原田の三人と同行することになる。


「それにしても、よく似合ってますね〜さん!」


 歩の技術は凄まじいもので、沖田達はの隣を歩きながらも時折の顔を覗き込んでは、しみじみとため息を吐く。最初は気恥ずかしかったも、屯所を出てからは開き直り“より女らしく”振舞っていた。


「沖田さん、この恰好の私にその“名前”を連呼しないで下さい。女装趣味の変態に間違われるのは不本意です。」

「あ、それもそうですね!じゃあ今は“さん”ですね!」


 自分で言っておきながら、その名で呼ばれたは胸の奥で心臓がどくりと跳ね上がったのを感じた。こうして“”と呼ばれるのも、女物の着物を着るのも、両親が健在だったころは当たり前のことだったというのに……今はひどく懐かしい。


「なあなあ、おっ母!あっちで喧嘩しとんでー。見に行こー!!」

「どうせ浪人同士の斬り合いやろ?」

「ううん、ツンツン頭の小っさい兄ちゃんと怖そうなお侍はんやった!悪いお侍はんが女の子いじめとったん止めたんやで、かっこええ!!」


 達の横を走り抜けていった少年は、喜々として母親に“喧嘩”の内容を話している。結局呆れた様子の母親に連れられて行ってしまったが、達は彼の話していた“喧嘩”に顔を見合わせていた。


「そういや、鉄之助クンも差し料持ってないよな……」


 兎にも角にも達は騒ぎの出所へと向かうことにした。少年が走ってきた方へと歩を進めると、徐々に喧噪は大きくなっていく。取り囲む人垣の隙間から様子を探れば、意外にも鉄之助は大人の浪士相手に善戦していた。

 しかし浪人達は鉄之助と違い刀を持っているわけで、餓鬼一人に翻弄される状況にしびれを切らしたのか、次々とその刀を抜いた。


「……さん。“その恰好”で暴れるとかなり悪目立ちしちゃいますよ」

「ここは俺達に任せてちょーだい」


 助けに行くべきか、と逡巡していたを諫めて沖田達は喧噪の中心へと進み出る。ふと此方を振り返った女性と目が合った。面影に見覚えがある……もしかしてあの剣山頭の山崎烝だろうか。いやはや、彼ら姉弟の変装技術というものは凄まじい。苦笑したはすぐに鉄之助達の方に目線を戻した。ここで山崎と自分達が知り合いだと思われるのは好ましくないだろう。


「なんじゃテメェら!?」

「おやおや、危ないですねぇ。遊びとはいえ抜刀は感心しませんよ」


 そうして始まったのは“浪人同士のただの喧嘩”。沖田が鉄之助と巻き込まれていた少女を逃がすと、永倉達は巧みに浪人達を翻弄し、その命を奪うことなくあっという間に彼らを倒した。その様子を見ては先日土方に教えてもらった“局中法度”の事を思い出す。“敵前逃亡は許されない”ということで隊士としての戦闘ではなく、唯の浪人同士の喧嘩として穏便に事を収めたかったのかもしれない。


「お見事ですね。さ、買い出しの続きに行きましょうか」

「ん?もう一人居なかったか」


 確かに鉄之助と騒動を起こしていた浪人は三人だった。永倉と原田がそれぞれ一人を倒し、残るはあと一人の筈だと原田が首をかしげる。人垣の中から見ていたはもちろんその経緯を知っている。


「最後のお一人は鉄之助君の方に行きましたよ。でも“彼”が一緒なんですから心配ないでしょう?」


 永倉達の意を汲んではあえて沖田の名前をぼかして言う。彼は強い、そこらの浪士が不意打ちを狙ったとて万が一にも負けることは無いだろう。


「うーん……それはまあ、そうなんだけどサ。心配なのは鉄之助クンの方かな」


 永倉達はのれんの棒を借りた店主に謝り、野次馬達が居なくなった所で沖田が入っていた路地へと向かった。その時、はようやく永倉のこの“心配”の意味を理解する。



***



 沖田達が入っていったはずの路地には誰も居なかった。残されていたのは、先程騒動を起こした浪人の“死体”だけ。暫く達は周囲を探したが、沖田も鉄之助も見つからなかった。仕方が無いので達はさっさと買い出しを済ませて屯所に戻ることにした。


「それにしてもチャンって“死体”に全然動じないんだネ」

「そうですか?はい、永倉さんは味噌をお願いします」


 隙あらば探ってこようとする永倉をは適当にあしらい、その胸にずしりと重たい味噌の桶を押し付けた。永倉の言う通り、戦場で死体を見慣れているが今更取り乱すことは無い。
 ────しかしあの真っ直ぐ過ぎる少年は。屯所に戻ったはすぐさま男姿に戻ると沖田と鉄之助を探した。