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「この阿呆どもが。お前達こそ、こんな処で何をしている?」




想家二人。




 眉間に筋が何本も入った状態で斎藤が睨む。は頬を引き攣らせながら、乾いた笑いを漏らした。


「抜刀斎にこういう道草させない為に、お前を同行させたんだろうが」

「あーでもこの村に今、志々雄真実が来てるらしいですから。あながち寄り道ってわけでも無いんじゃないですかね、ははは」

「────まあ俺もその情報をこの村に放った密偵から聞いていたから此処に来たんだが」


 『もっともそいつは行方知らずになったがな』と斎藤は言う。この様子から察するに、何とか牙突の餌食だけは免れたらしい。しかし先程達が看取った男は、警視庁の密偵だったのか。正体がバレて家族だけでも逃がそうとしたのだろう。この世界ではそういう“お人好し”から死んでいく。
 此処までの経緯を説明している内に、先程から絶えず聞こえていた『ドカバキドシャ』といった音が静かになっていた。どうやら剣心が取り囲んでいた連中を全員倒したようだ。
 息一つ切らしていない様子の剣心は、斎藤の姿を目に留めてこちらへと向かってきた。


「斎藤、お前がなぜここに」

「仕事だ。この村に志々雄が来ているという情報が入ったからな」


 予定していたよりも早くなったが、志々雄と戦う為、志々雄真実が居るという村外れの館へと向かう事が決まった。その途中、吊り下げられた少年の両親の遺体を下す際にまた一悶着あったのだが、その時の村人達の対応がまた剣心の逆鱗に触れたらしい。ピリピリとした空気を纏ったままの剣心と、達は館を目指す。操は付いてくると聞かなかったのだが、剣心に少年の事を頼まれた事で何かを感じたのか大人しくなった。


「巻町さん、“御庭番衆”として今度こそ依頼を全うしてくれるって信じてるよ」


 そうは言い残して、剣心達と共に志々雄の館へと向かった。




***




「お待ちしてました。緋村抜刀斎さんに斎藤一さん、そしてさんですね」


 この村には似つかわしくない大きな館の門前には、女子と言っても差し支えないほどの優男が立っていた。声に覚えがあったのか、この青年が大久保卿を暗殺した人物だと剣心は言う。達は警戒を強めたが、青年にあっさり“今は何も武器を持っていない”と告げられ、いささか拍子抜けしてしまった。


「さあ、どうぞ。奥の間で志々雄さんが待ちかねています」

「…………」

「警戒したところで事は始まらん。いくぞ」


 警戒して動かない剣心を斎藤が促す。重苦しい音を立てて扉が開いた。この先に待つものは鬼だろうか、蛇だろうか、はその優男を睨んだまま何も言わず扉の中へと入った。
────長い廊下を進むと、突き当りの座敷にその男はいた。全身に包帯が巻かれたその男は、遊女風の女を侍らせ、ゆったりと煙管をふかしている。幕末に会った時とは随分と風貌が変わっているが、間違いない。彼が“志々雄真実”だろう。互いの姿を目に留めると、その場にピリリと緊張した空気が走った。


「お主が、志々雄真実でござるか」

「“君”ぐらいつけろよ。無礼な先輩だな」

「気にするな、無礼はお互い様でござる」


 睨み合う剣心と志々雄を横に、斎藤が宗次郎を挑発する。


「オイ、そんな所にぼーっと突っ立ってて良いのか? 抜刀斎なら一足跳びで志々雄の所まで斬りこむぞ」

「大丈夫ですよ、緋村さんは斎藤さんと違って不意打ちなんて汚い真似、絶対にしませんから」


 斎藤の挑発に宗次郎はニッコリと皮肉を込めて返す。そういう性格も含めて、この男はあまりにも“かつての上司”と似ている。しかし別人は別人だ。ざわめく心を抑え、成り行きを見守ろうとはふすまに凭れ掛った。


「何故、この村を狙った? お主の狙いはこの国そのもので、小さな村の一つ二つではなかろう」

「ここに湧いてる湯はこの火傷だらけの肌によく効いてな。でも他の湯治客が俺を見たら怖がってしまうだろ? だから“俺のもの”としたんだよ」

「お前は……たったそれだけの事でこの村をメチャクチャにしたのか?」


 無論、そんな訳がないのは明白だが、剣心はクソ真面目に受け取ったようで、眼光をさらに鋭くした。そんな剣心の様子を見て、志々雄とその隣の女は馬鹿にしたようにクスクスと笑う。も今ばかりは全力で彼らに同意したい。


「ククク……冗談だよ、冗談。ムキになるなよ。相変わらず、クソ真面目な性格のようだな」

「安い挑発だ、どこかの娘みたいにムキになるな」


 剣心の隣に立つ斎藤がゴツンと剣心の頭を殴る。も一連の流れに堪えきれず、肩を揺らして笑っていたのだが『鬱陶しい』と剣心同様、斎藤に頭を殴られてしまった。痛む頭を擦りながらは志々雄を見据えた。


「単にこの村の立地が東海地方の拠点に丁度良かっただけだろ?」

「それでここを拠点に明治政府に復讐する気かい? 包帯の若いの」


 剣心に任せていては話が進まないと、と斎藤は矢継ぎ早に志々雄を問い詰める。


「“復讐”?……違うね。むしろ感謝しているぐらいだ。この傷は俺に“色々と”教えてくれた」


 斎藤の挑発を一笑して、志々雄は傷が“教えてくれた”という弱肉強食の理を語る。


「そうかい、だったらいい加減静かにしてくれないか? お前一人の為に日本中を飛び回るのは結構疲れるんだ」


 そう言って斎藤はため息を漏らした。対して志々雄は“分かってないな”という顔をする。どうやら志々雄一派の活動も、此処でのご高説も、まだまだ止める気は無いようだ。


(早く話、終わらないかな……)


 長々しい志々雄の話を聞きながら、は天井や欄間の豪奢な飾りをぼんやり眺めていた。この屋敷に来てからずっと気になっていたが、志々雄一派はどこから資金を調達しているのだろうか。誰か裏で支援している人間が居るのか────


「あれ、さん。志々雄さんの話、聞いてました?」


 志々雄の冗長な話が終わった所で、軽薄な笑みを浮かべた宗次郎がの方を見てきた。無駄に通る陽気な声音のせいで、部屋に居た全員の視線がの方に向けられた。
 は集められた視線の中で、わざとからかうような口調で志々雄を煽る。


「ヤだなあ、もちろん聞いてましたとも。志々雄君は幕末の動乱じゃ利用された挙句、ポイ捨てされた“負け犬”だったから。いじらしくも、もう一度動乱を起こして天下取りに再挑戦しようってんでしょ?」

「フハハ、性格までそっくりとはな」


 志々雄はの挑発に苛ついた様子もなく、ただ殊更面白そうに笑い声を上げるだけだった。「どういう事だ?」と聞くも、これ以上答える気は無いらしい。


 志々雄は手中で弄んでいた煙管を真っ二つに折り、その理想を高々と謳う。


「動乱が終わったのなら俺がもう一度起こしてやるよ。俺が覇権を握り取って、この国を強くしてやる。それが、俺がこの国を手に入れる“正義”だ」


 志々雄の“宣言”に剣心は静かに彼の持論で返答する。


「だが、その“正義”のために血を流すのはお前じゃない。その血を流したのは、今を平和に生きていた人達だ」

「この世は所詮、弱肉強食……と言っても先輩は納得しそうにないな」

「志々雄真実……お前一人の正義の為にこれ以上、人々の血を流させるわけにはいかぬ」


 剣心は鋭い剣気を纏わせ、その刀を抜く。それはこの交渉が完全に決裂したことを意味していた。


「斎藤さん、さん、あなた方は?」


 宗次郎はこの緊迫した空気の中、薄ら寒い微笑みのままで達にその意思を問う。しかし聞かれるまでもなく答えは決まっている。


「俺はあいつの様に綺麗事言う趣味は無いがな。どうやら志々雄を仕留める方が性分に合っていそうだ」

「右に同じくー」


 斎藤は嗤笑を浮かべながら返答する。は真面目に答える気すらなく、ヘラヘラと手を挙げて斎藤に賛成という体を示した。


「まあ、俺の方は闘るなら闘るでも構わないけどな。どうせ闘るなら“花の京都”と洒落込みたいもんだ。……どうしてもやるというなら────」

『この新月村を統治する尖角が相手だ!!』


────志々雄の合図で“床下”から出てきた大男は、尖角という名のとおりの“尖がり頭”。いったいこの巨体がどうやって“床下”に収まっていたのか想像して、は思わず噴き出した。
 またも隣に居た斎藤に殴られる。まったくもって、理不尽だ。