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「この新月村を統治する、尖角が相手だ!!!」


 志々雄の合図によって畳の下から出てきた大男。それは“尖角”という名通りの尖がり頭だった。



がり頭



「────そうかお前が尖角……栄次の両親と兄を殺した男でござるな」

「ブァウアアッ!!」


 獣じみた咆哮を響かせ、尖角は剣心達めがけて突進してきた。 を含め全員が難なくその攻撃を避けたのだが、尖閣の攻撃はその巨体から思ったよりかは“速かった”。

 尖閣はその“速さ”に自負があるのだろう、攻撃を避け続ける剣心をひたすら追いかけている。その時点で“結末”が見えたは斎藤と共に襖にもたれ、のんびりとこの闘いを眺める。


「それにしても斎藤さん。この人達って何で志々雄真実に従ったんですかね」

「さあな、雑魚の考えることは分からん」


 尖閣を見ながら、はふと気になった事を斎藤に尋ねる。この男といい、先程村の入り口で倒した雑魚達といい、明らかに“捨て駒”でしか無い。志々雄が国を盗れば、自分達も甘い汁を吸えるとでも思ったのだろうか。


「志々雄が国を盗ったら、此奴らみたいな雑魚は“搾取”されるだけだと思うんだけどなー」

「へー、やっぱりさんも僕達と同じじゃないですか」


 のぼやきを聞いて宗次郎はにこにこと笑う。は片眉を上げてすぐさまそれを否定した。


「君達の枠に他人を当てはめようとしないでくれるかな。何度でも言うけど、俺は志々雄真実を討伐する側だから」


 わけ知り顔の笑みを崩さない宗次郎からは息を吐いて視線を外した。時折飛んでくる木片等を手で弾き落しながら、未だ決着のつかない剣心と尖閣を見る。


(雑魚にしてはまあ“持っている”方なのかな)


────弱ければ虐げられる、強い者だけが生き残る。それは仕方が無いことだと自身思っている。しかし“任務”としてこの闘いに加わっている以上、それを覆すことなど在り得ない。


「苦戦してますね、緋村さん。押されっぱなしでさっきから一度も攻撃してませんよ。助太刀したらどうです?」


 宗次郎はのんびりとした口調で斎藤に助太刀を提案した。それを聞いた斎藤は呆れたように一笑し、何故剣心が“攻撃しない”のかを宗次郎に説明する。


「冗談。あんな雑魚に自分の太刀筋を披露する気にはなれんな。お前の上司を見てみろ。ついさっきまで冷笑浮かべて雄弁に語っていたくせに、闘いが始まった途端に抜刀斎の技を一つも漏らさず見極めようとしてやがる」


 斎藤の言葉の通り、志々雄は闘いが始まって以来、先刻までの嗤笑を収めて剣心の一挙手一投足を舐めるように観察している。


「あれだけあからさまなんだから、剣心も当然それに気が付いている。だから態々こんな面倒くさい事してるんでしょ」


 「取り敢えずもう少し見ていたら」とは言う。
 尖閣の速さでは剣心の神速を捉えることなど出来る筈もない。当たらぬ攻撃に尖閣は苛立ち、その攻撃と足運びは数を重ねる毎に荒々しくなっていた。


 斎藤との言葉に、宗次郎は不思議そうに首を傾けた。どうやらこの青年は“戦局を読む”ということが苦手なようだ。大久保卿暗殺を任された人物なのだから、志々雄の側近中の側近であり相当の手練れである筈なのだが。


「そろそろか」

「流石にもう限界かな」


 剣心とがほぼ同時に呟いた次の瞬間、尖角の膝はあり得ない方向に折れ曲がる。骨の折れる嫌な音が室内に響いた。尖角は膝を抱えながら呻き声をあげて床に倒れこむ。


「あ……足が折れ…っ」


 それを見下ろす剣心の表情は冷たい。


「速さを落とさず連続して動き続けた故、切り返しの際に体にかかる負担が限界を超えたんだ」

「バカな! 同じ速さで動いたのに、体のヤワなお前より俺の方が先に限界を超えるはずが……!」

「“同じ速さ”だから、体重が重いお前の方が体にかかる負担も大きいんだよ」


 剣心の言葉を信じられないのか、自分が愚かにも自爆してしまった事を信じたくないのか、 尖角は何度も言い訳じみた反論を繰り返した。


「バカなバカな! 今迄こんな事は一度もなかった! 俺の体はこれ位の速さで限界を超えるはずは────」

「こいつまだ気が付いて無いみたいですよ、斎藤さん」

「ここまで言われても気づかないとは余程の馬鹿だな。……抜刀斎は切り返しの度に徐々に速さをつり上げてたんだよ。『自分と抜刀斎は同じ速さ』と思い込んだ貴様はそこにまんまと引っ掛かった訳だ。さっき九十九人を殺したとかぬかしていたが、百人目は“自分自身”に決まりだな」


 最後に小さく“でも気づいたのにな”と付け足す斎藤に、は頬を引き攣らせた。……本当にこの人は性格が悪い。斎藤の言葉を聞いて尖閣はようやく自分と相手の力量の差を悟ったようで、そこからはただの雑魚の様に剣心の鋭い視線に怯えはじめた。


「────尖角、」


 そして志々雄の冷酷な宣告が尖角を更に震え上がらせる。


「最初からお前に勝ちなんざ期待しちゃいねえが、このまま抜刀斎に技一つ出させないまま負けてみやがれ。────この俺が直々にブッ殺してやる」


 それを聞いた尖角は、捨て身の覚悟で剣心に襲いかかってきた。 既に足も折れているのだから、決着は既についている。
 これ以上さらに攻撃を加える必要もなかろうに、剣心は志々雄の言葉から、“技一つ”──飛天御剣流、龍翔閃──で尖閣の顎を打ち上げた。


「……ったく甘いなあ。無駄に技を見せる必要なんて無いだろ?」


『技一つ出させられなかったら殺す』という志々雄の発言から剣心は尖角に情けをかけたわけだ。敵に対してまで頑なに不殺を貫こうとする姿勢にと斎藤は呆れてため息を吐く。
 いずれ戦う相手にみすみす自分の手札を見せてしまうなど、愚かとしか言い様がない。たとえこの場で助かったとしても、どうせ尖角は死刑確定といっていいのだから。



──────別に構わんさ。“後輩”相手にそう気張ることもあるまい。



 剣心はそう言って逆刃の刃を志々雄へと向けた。