14



「……剣をとれ、志々雄真実」



落着



 剣心に刃を向けられてなお、志々雄は不適な笑みを浮かべたまま表情を変えない。 剣心の放った剣気によって室内の空気がさらに重くなっていく。 今のうちに入れておくか、とは少し前からあった襖の向こうの気配に話しかけた。


「んで、そこの二人は隠れて見てないで中に入ったらどうだ?」

「げっ、……気づいてたの」


 襖をガラリと開けると隙間から覗き見していたらしい操と栄次が部屋へと倒れこみ、操は気まずそうにを仰ぎ見た。 それをは呆れのこもった溜息を吐きながら見る。


「ったく、仮にも御庭番名乗ってるなら頼まれた仕事ぐらい完遂しろよな」

「そ、それは……。でも栄次が行くって聞かなかったんだもの。仕方ないじゃない!」

「それをどうにかするのがお前の仕事……はあ……しょうがない、二人とも俺のそばから離れるなよ」


 そういった操達の間抜けなやりとりに、剣心は一瞬気をとられた様だったが志々雄の声にすぐそちらに視線を戻す。


「────今の龍翔閃とか言う技、刀の腹で尖角のアゴを打ち上げたわけだが、恐らく本来は刃を立てて斬り上げる技だろ?」

「……ああ」

「がっかりしたぜ。先輩が人斬りを止めて不殺の流浪人になったとは部下の報告で聞いていた。 が、この目で直に見るまではちょいと信じ難かった。 ────そんなんで俺を倒そうなんて百年早え。 つまらねえ闘いはしたくねえ、京都で待っていてやるから人斬りに戻ってから出直して来な」


 志々雄が指を鳴らすと、傍にいた女が背後の屏風を片付けはじめる。
 その後ろに現れたのは地下へと下りる階段だった。志々雄は剣心の挑発には表情一つ変えず、立て掛けてあった刀を宗次郎へと投げ渡した。


「宗次郎、俺のかわりに遊んでやれ」

「いいんですか?」

「ああ、『龍翔閃』とやらの礼にお前の『天剣』を見せてやれ」

「じゃあ遠慮なく」


 今の剣心には戦う価値もないと判断したのか、志々雄は階段の奥へと消えていった。 残されたのは宗次郎という青年のみ。剣心も斎藤も、もちろんも志々雄を追おうとはしない。


「コラ緋村! 何ボーッとしてるのよ! さっさとしないとホータイ男逃げ切っちゃうだろ!」


 しびれを切らしたのか、操が威勢よく剣心に発破をかけたが、とたんに操はへなへなとその場に座り込んでしまった。


「な……何、今の?」


 操は何故そうなったのか分かっていないようだったが、宗次郎に効かないと分かっていて尚、不穏な剣気を発し続けている剣心も剣心だ。


「無駄だよ緋村、そいつに剣気を叩きつけてものれんに腕押しさ。さっきから斎藤さんがずーっとやってるけど全く反応なし」

「ああ、その男は剣気はおろか、殺気も闘気も持ち合わせちゃいねぇ」

「…………」

「すいません、早くしないと志々雄さんに追いつけなくなっちゃうんですけど……」


 やはり全く効いていないのか宗次郎は小さく苦笑した。 表情や気配からは全く“次”が読めない相手である。剣心は刀を鞘に納めると抜刀術の構えをとった。


「やはりそれだろうな。後の先が取れない相手なら、己の最速の剣で先の先を取るのが最良策だ。」

「抜刀術、ですか。それじゃあ僕も。」


 そういって宗次郎も抜刀術の構えをとった。 飛天御剣流の『神速』と志々雄の言った『天剣』のぶつかり合い。


────勝負は一瞬だった。
 抜刀術の打ち合いによって、鋭い金属音が響いた次の瞬間、宙に舞っていたのは剣心の真っ二つに折られた逆刃刀だった。


「勝負あり、────かな?」


 それを見て勝負あった、と断じた宗次郎だったがまだまだ甘い。


「ああ、お互い戦闘不能で引き分けってとこだね。自分の刀、見てみなよ?」


 そうに言われて自身の刀を見た宗次郎は驚く。 志々雄に渡された刀は、刃こぼれとひび割れでもはや使用不可能な状態になっていた。


「へえ、こりゃ凄いや。これじゃ修復はもう無理だ。ま、いいやどーせ志々雄さんのだし。 この勝負、確かに勝ち負けなしですね。今日はコレで失敬しますけど、出来たらまた闘ってください。 その時までに新しい刀、用意しておいて下さいね」


 宗次郎はあっさり刀を鞘に納めると、そう剣心に言い残して志々雄と同じく地下へと伸びる階段を下りて行った。 それを見送った剣心は半身となった逆刃刀を鞘へと納めた。


「緋村……逆刃刀、折れちゃったね」

「志々雄達も逃がしちまったしな」

「何、刀はまた作ればいいし、志々雄達もまた追えばいい。 とりあえず新月この村から志々雄一派を退けた、それだけでも良しでござるよ」


 そういって剣心はにこりと笑った。 刀はまた作ればいい、といっても本当にそれは可能だろうか。 確か剣心の逆刃刀は新井赤空の作。は風の噂で彼は死んだと聞いた。 “幕末の鬼才”新井赤空の逆刃刀を超える刀を作れる者が、果たして居るのか。

 恐らく斎藤はこれを機に人斬りに戻ればいい、とか思ってるんだろうけど 剣心のクソ頑固な性格を知っている分、はそこまで楽観的にはなれなかった。

────逆刃刀探しは難航するだろうな…… そんな不安がの心に渦巻いたがあえて声に出して言おうとは思わなかった。 正直にとっては日本の行く末などどうだっていいのだ。最終的には外聞がどうだろうが軍隊でも出せばいい。


 は小さくため息をつくと、栄次が仇討を斎藤さんに阻まれ、剣心に諭されている様子をぼんやりと見つめていた。



***



 しばらくして警察の応援が来て、気を失ったまま尖角はその巨体を運ばれていった。 一転して新月村はお祭り騒ぎである。死んだ目で引きこもっていた村人達は通りに出てやんややんやと喜び合っている。
 それを崖の上から剣心たちは見下ろしていた。 操は村人達の様子に釈然としていないようだったが、栄次は剣心の言葉が効いたのかもう割り切っているようだ。


「さてと……それじゃあ俺はそろそろ戻るぜ」

「ああ、しかし……栄次はどうするでござる?」

「俺もお前も連れて行くわけにはいかんだろ。 しばらくは時尾の所へ預けて落ち着いてから身の振りを考えるさ」

「時尾?」

「家内だ」


 時尾……時尾……
聞いたことがある名前だなあ、と思ってが記憶を探ってみると思い当たる人物が一人いた。


「……えええ、斎藤さん、あの時尾さんと結婚したんですか!!??」

「な、なに!? その時尾って人知ってるの!!」

「どんな人でござるか?この男の奥方になるということは菩薩のような御仁でござろう!?」


 の発言に興味津々、といった様子で迫ってくる剣心と操には記憶にある時尾の姿を思い浮かべてみた。


「ん、いや……会津の人で……どっちかっていうとハキハキとした自分をしっかり持った女の人だったぞ? あ、斎藤さんもしかして家庭では尻に敷かれちゃってたりします?」


 ふと浮かんだ『時尾さんの尻に敷かれる斎藤さん』という図が面白く、思わずニヤリと笑っただったが、 次の瞬間、頬を掠めて高速で空に消えて行った石を見てそのままの表情で固まってしまった。 斎藤の足元には土煙が立っている。 これ以上触れてはいけない、と青ざめた以下四人は心にそう刻んだ。


「時尾はできた女だ、栄次の面倒はしっかりみてくれる。こっちの心配はいらん。 お前はさっさと京都へ行って、とっとと人斬りに戻れ。 “昔のお前”に期待してるぜ」


 そういって斎藤は栄次と共に去って行った。 そしてすれ違いざまに斎藤から密かに渡された紙を見ては小さく息を吐いた。

────神戸の精鋭達を京都まで連れてこい────


「それじゃあ、俺も寄っていく所があるんでこれで失礼するよ。剣心、これ以上余計な寄り道せずにさっさと京都に行けよ!」


 そう言ってひらひらと手を振りながらポカンと呆ける操と剣心を置いて、は新月村を去った。
 剣心達と意味深な別れ方をしたことで志々雄の密偵が数人張り付いてきているのをは感じていたが、 得意の俊足で山を一つ二つ越えた所で完全に撒くことに成功し、その後は変装してのらりくらりと神戸の秋月屋へと向かった。