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 斎藤さんの命令で、俺は神戸に集めた全国の警察の精鋭たちを京都まで先導すべく 神戸のある旅館へと向かった。



目の男



 旅館について女将に自分が彼らの仲間であると伝えると、女将は「ああ、あの方たちの」と呟いたあと厭味ったらしくこう付け加えた。


「お連れの方達に、これ以上騒がんとってほしいと伝えてくれはりますか。 血気盛んなのはエエことですけど、これ以上どんどん暴れられたら床が抜けてしまいますわ」

「はは、分かりました。よく言っておきますよ」


 はそういって外交用の笑顔で女将に頭を下げた。 "全国の警察の精鋭"というだけあって女将の言うように血気盛んな男ばかりなのだろう、と内心ため息を吐く。 無駄に見目の良いの外面に絆されたのか、ほんのり頬を赤く染めた女将は、先程の態度から一転して甲斐甲斐しく部屋への案内を申し出てきたが はやんわりとそれを断り、教えられた部屋へと向かった。

 五十人を収容できる座敷を有するだけあってかなり大きな旅館であり、その最も奥に位置する大部屋へとは長い廊下を進んだ。


「ん……?」


 いくらか歩いたところではある違和感に気づいた。 女将は騒がしい、とぼやいていたが旅館はどの部屋も妙に静かだ。 そして嫌に鼻につくこの臭い、今まで幾度となく嗅いできたこの臭いは……間違いない。 脳裏をよぎった嫌な予感にぞわりと背中が泡立った。 刀に手を掛けた状態で気配を消し、歩く足を早める。

 ……嫌な予感というのは当たるもので、案の定、血臭の出元は女将に案内された大部屋だった。 何一つ物音がしないということが、最悪の事態を連想させる。 くそっ、とは内心毒つくと刀を抜き勢いよく襖を開けた。

────そこに広がっていたのは文字通りの血の海だった。

 は周囲に気を配しながら、部屋の中へ入って息のあるものがいないか探した。 襲撃があってからまだ間もないらしく、彼らの体はまだぬくもりを持っていた。 大量の血液が畳に染み込んでいてが歩くたびにじゅくじゅくと足袋を赤く浸食していく。 しかし生存者は誰一人としていなかった。それどころか五十人全員が急所への一撃で息絶えていたのだ。


「ククク……、せっかく集めた戦力だったのに残念だったねえ」

「志々雄の手のものか」


 しばらく呆然としていただったが、背後に気配を感じて振り向いた。 そこには目隠し状態の異様な装束を着た男がにやにやと嫌な笑いを浮かべ立っていた。 持っている武器も刀ではない。槍の先に鉄球がついているという不思議な形状だ。


「十本刀、盲剣の宇水さ。フフ……怒っているね。私には君の感情が手に取る様にわかるよ」

「ああ、怒ってるさ。お前のせいで俺はまた斎藤さんに文句を言われるんだから」


 そう言いながらは目の前の盲目の男に剣気を叩きつけた。 しかし男は気色の悪い笑い方をやめない。


「おお、怖いねえ。君みたいな“女の子”がどうして刀なんか差して警官ごっこなんかしているんだい?」


 女の子、という言葉には眉根をよせた。 幕末のころと違って今は女であることを隠しているわけではないのだが、男装している以上こうも簡単に初対面の男にばれるのは気持ちのいいものではない。


「なんで分かったかって? 見ての通り私は盲目だが、目を失った変わりに“心眼”を手に入れたんだ。 この心眼は君の行動だけでなく感情の動きですら見ることができる。 もちろん君の性別もね。 人間は音の塊だ。心臓の鼓動、筋肉の収縮、骨の摩擦音……私の“心眼”をもってすれば君を丸裸にしたも同然なのだよ」

「……なるほどね。 ずいぶんと余裕をお持ちの様だけど、性別を知ったぐらいで俺の弱みを握ったとでも思ってるの?」


 男の態度には不機嫌を隠さず辛辣に言い放つ。


「ククク、怒った顔も可愛いねえ。私には君の顔がありありと思い浮かべられるよ」

「そうさ、お前の言うとおり俺は苛ついてるし先を急いでるんだ。 お前みたいな雑魚に構ってる暇はないんでね」


 気色の悪い宇水の言動に思わず鳥肌が立ちそうになる。それを抑えて は宇水を挑発すると、正眼の構えをとった。 そして一気に宇水の間合いへと詰めると刀を振り下ろした。

────キィン!!

 金属と金属がぶつかり合う音が響いての斬撃は宇水の鉄球に受け止められそのまま弾き飛ばされてしまった。 刀を失ったを見て宇水がニヤリと笑う。 それを見たもまた、ニヤリと嗤った。

────宝剣宝玉 百花繚乱

 後手としてくり出された、宇水の槍による刺突と鉄球による打撃の嵐をはひらりと宙に舞ってかわすと 宇水の背後に降り立った。 攻撃をかわされたことで動揺した宇水が振り向く暇を与えることなく、は手ぶらとなった両の手を振り上げた。


パァン!!!!


 乾いた大きな音が響いた。 が宇水の背後から、両耳を平手打ちしたのだ。 宇水は呆然としてその場に立ち尽くしている。

 は吹き飛ばされた自身の刀を拾い、刃こぼれがないのを確認すると鞘へと納めた。 もはや宇水など存在しないかのような緩慢な動作である。 そして宇水の方を向くと、へらりと笑った。


「どうだ? その状態でも少しは聞こえるんだろう?」

「おまえ……いったい何をした!?」

「お前の鼓膜を破った、それだけのことさ。 戦う前の敵に対して自分の能力をペラペラ喋るのはどうかと思うぞ? 視力を失ったことで得た“心眼”、ようは異常聴力だろ。それを奪われてお前まだ戦えるのか?」

「クソ……卑怯だぞ!!」


 自身の愚かさから唯一の武器を奪われた宇水は悔し紛れにそう叫んだ。それを聞いては殊更面白そうに嗤う。


「卑怯……? あはは! お前の読み通り、俺は女なんでね。 “武士道”とかいった無意味な信念はもとより持ち合わせてないんだよ」


 そう言っては宇水のすくそばを通り過ぎて出口へと歩いて行った。


「どうせもう戦えないんだから志々雄の下へでも這い蹲って帰るといい。 もしかしたら志々雄にサクッと切り捨てられるかもしんないけどね。 まあ、鼓膜は運が良ければ再生するらしいから、そしたら今度は斎藤さんが“正々堂々”勝負してくれるさ」


 そして最後にそう言い放つと、呆然としている宇水を残しては旅館を去った。 この後始末のことを考えると頭が痛い。 このままでは大量殺人事件で所轄が大騒ぎになってしまうだろう。



────この事態を斎藤に報告、というのがあまりにも嫌すぎては頭を抱えた。