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『あの後秋月屋に行ったんですけど、精鋭五十人全員殺されちゃってました!』……なんて報告恐ろしくて、このまま京都に背を向けて田舎まで帰ってしまいたい気分だったが、そうも言ってられなかった。
事態は一刻を争う。
あの惨状は公には出来ない。志々雄真実とその一派は一般人に知られることなく屠らねばならない。
事件として騒ぎ出される前に、旅館の女将にも言い含めねばならないし……
そうあれこれ考えた末、は重い手を動かして電信を打った。
老兵との再会
『一人の人間に全滅させられるような奴等なら結局居ても居なくても一緒だっただろ』
逡巡の末、恐る恐る斎藤に報告をしただったが、斎藤から返ってきた言葉は意外にも淡白なものだった。
どうやら五十人の精鋭達は川路主導の作戦だったらしく、斎藤自身は特に必要ないと考えていたようだ。
いささか拍子抜けしただったが、斎藤から更に加えられた命令の内容を聞いてやはり怒っているのだと直感した。
『俺が京都に戻るまでの間に、お前は緋村に確実に新しい刀を用意させろ。
おめおめと敵を取り逃す"役立たず"なりに、少しは監察としての役割を全うするんだな』
「ははは……喜んでやらせて頂きますとも」
了承の意を斎藤に送り、は大きくため息を吐いた。
急いで神戸の警察署に戻り精鋭たちの遺体の処理や各所属への連絡などの引継ぎを終わらせた。
おそらく操を京都に送り届けるまで剣心は一緒に居るだろう。それなら道中を探すよりも、操の実家に行った方が効率がいいはずだ。
「葵屋か……久しぶりだな」
はぽつりと呟くと京都へと向かった。
***
幕末の折、激しく揺れ動く都の情勢を監視するため先代御頭の指示で設けられた料亭葵屋。
それから十数年が過ぎて今や京都屈指の高級料亭となっている。
まだ朝も早い時間のため営業はしていないようだが料理の仕込みで誰かしらいるだろう。
そうは考えて趣のある引き戸をガラガラと引き開けた。
「ごめんくださーい」
「お客様、申し訳ありませーん! まだお店開けてないんですよー」
の声を聞いてパタパタと奥から女性が出てきた。
「お久しぶりです、お近さん」
「ええ!?」
流石に十年近く会っていなかったからだろうか。の顔を見たお近は驚愕の表情でそのまま数秒固まってしまった。
そして我に返るとバタバタと店の奥へと入っていく。
「翁!! 翁ァ!!」
「なんじゃーい、そんな大きな声を出さんでも聞こえとるわい」
店の入り口まで聞こえる大声でお近が叫ぶと、やや面倒くさそうな素振りで『翁』と呼ばれる老人が出てきた。
しかしその表情もの姿を見て一変した。
「お久しぶりです、翁」
「おお、!! 久しぶりじゃのう。さあ朝飯作ってやるから座敷で待っとれ」
道中は中々まともな飯を食べられなかったので翁の申し出はありがたかった。
戊辰の戦いで葵屋一度破壊されているため当時と間取りは異なったが、とりあえず一番手前の座敷に腰を落ち着けた。
「ほれ、!“葵屋朝餉翁すぺしゃる☆”じゃ!」
「有難うございます。頂きます」
十年経っても相変わらずの翁の様子には当時の事を思い出す。
御庭番衆最恐の男と言われていた翁だが、普段の様子はいたって好々爺然としている。
京都でも屈指の料亭となった葵屋だけあって文句なしに美味しい朝食を黙々と食べていると
ふと視線を感じ翁の方を振り返った。見ると口を突き出して何とも間抜けな顔をしている。
「え……と……翁、どうされたんですか?」
「は薄情じゃのう。一月も前に京都に来ておったのに葵屋は最後じゃなんてのう」
そう言ってなおも拗ねた表情を崩さない翁には何か食い違いがあることを悟った。
「俺が京都に来たのは今朝の話ですよ」
「そんな嘘言っても無駄じゃい!!隠密御庭番衆の情報網を舐めたら駄目じゃぞ。
重婆や山月の旦那から目撃情報が上がっとる。『の奴、御大尽みたいな格好して自分達の方なんぞ見向きもしなかった』っての」
それはにとって全く身に覚えのない話だった。
重婆や山月の旦那は以前京都に居たころ懇意にしていた人たちだし会って無視する訳がない。
────自分にそっくりの御大尽。ひとつの可能性が脳裏に浮かんだが、それを翁に話す気にはなれなかった。
「人違いですよ。ほら、世の中には三人自分にそっくりな人間が居るって言いますし」
「まあ重婆達も十年近く会ってなかったわけじゃしのう……。してはどうして今になって京都に来たんじゃ?」
「翁はご存知なのでは? 京都に志々雄真実が潜伏していること」
元御庭番の情報網はあなどれない。既に知っている人間に下手に隠し立てすることはないだろう。
「まあ粗方の事情は知っておる。しかし意外じゃのう! が天下国家の為に志々雄と戦うとはのー」
「この十年で色々としがらみも増えたんですよ。それでお願いがあるんですけど、緋村剣心が此処に来ると思うんで其れまで待たせてもらっても良いですか?」
翁はの願いを快諾し、代わりに会ってなかったここ十年の思い出話を互いに話すことになった。
とは言っても、ほとんどは操の子育て談を聞いていただけである。京都から離れた十年間で語るほど物珍しい体験をしてきたわけではない。
────さすがに「俺も子供が出来たんですよ」と言った時には翁は天井を突き抜けるぐらい驚いていたが。