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「しんどっ……!」



は道連れ



 は昼夜ぶっ通しで東海道走り続けている。いくら足に自信があるといっても流石に息も切れてきた。


「くそ……斎藤さんが、さっさと教えて……くれてたら、こんな事には……」


 しばし足を止めて息を整えていると、遥か先にの探し人が見えた。豆粒程の大きさだが緋色の着物に刀まで帯びているのだから、十中八九、緋村剣心だろう。
 大きく息を吐き、いったん息を落ち着けると神速で剣心に向かって走った。旅人で賑わう街道を器用にすり抜け、は一気にその距離を縮めていく。



***



 突如、背後に気配を感じた。
 咄嗟に刀へ手が伸びる。振り向いたその先にあった顔に、剣心は大きく目を見開いた。


!? お前────」

「緋村ぁ、誰よそいつ!」


 驚きで声を詰まらせる剣心を操が問い詰めてくる。
 その声で初めて操を視界に捉えたのか、は暢気にこうのたまった。


「へえ……剣心、早速新しい女を見つけたのか。お前も隅に置けんな」

「な、違うわよ!」

「違う!!」


 の勘違いをすぐさま操と剣心は否定した。しかしは納得したのかしていないのか、よく分からない表情でにやにやと笑っている。


「ふーん? まあ旅は道連れと言うし」

「操殿は関係ないでござるよ」


 トホホ、と剣心は溜息を漏らした。
────に言いたい事は山ほどあった筈なのに、こんなとぼけた様子を目の前にすると何も言葉が出てこない。


「それはともかく……俺は斎藤さんの命令でお前がつまらん“道草”をしないよう見張りに来たんだよ」

「おろ……拙者はそんなに信用がないでござるか」

「実際、この子が居るからだろ? お前が二日経ってもこんな所に居るのは」

「何よそれ、あたしのせいにしないでよ!!」


 に名指しされた操は慌てて否定する。しかし事実ではあったので、剣心はそれに加勢することも出来ず曖昧に笑う。


「ま、いいや。のんびりしてる時間は無いんだから、後は歩きながら話そう」

「そうでござるな」


 そう言っては歩き始めた。常人よりも随分と速いその足運びに、剣心も合わせて街道を進む。


「それで、あの子は何でついてくるの。流石に“新しい女”ってわけじゃ無いんでしょ?」


 「神谷さんが泣くよー?」とは楽しげに言う。
 ああ、本当に細かく調べられたんだな、と剣心は息を吐いた。操に聞こえないよう出来るだけ小さな声でに弁解する。


「操殿は隠密御庭番衆で、四乃森蒼紫とその仲間……般若達を探しているようだ」

「……般若達の最期をあの子に言ったのか?」

「いや……言ったところで、蒼紫の最大の手がかりは拙者に変わりない。このまま付き纏われるのは変わらぬだろう」


 二人がこうしてコソコソと話している間も操はぴったりと後ろをついてくる。「あー、確かに」とは妙に納得したようだった。


「じゃあ、どうする? 志々雄の事だから、もう密偵がついてる可能性もある。このままじゃ彼女も危険だろ?」

「そうでござるな……撒くか」

「うん、了解」


 互いに頷くと二人は瞬時に街道脇の林へと入っていった。


「あーっ!! 待ちなさいよ!」


 一瞬、操は虚を突かれた様子だったが、諦めずに林の中を追いかけてきた。とはいえかなりの距離が既に開いている。


「相変わらず、は足が速いでござるなあ……」

「そういえば剣心との夕飯賭けた鬼ごっこは大抵俺が勝ってたかな」

「まあ、何だかんだは分けてくれたでござるが……」


 のんびりと昔話に花を咲かせているが、走る姿は常人の目にはとまらない速さだろう。それでも操は懸命に二人を追ってきている。何という執念だ────


「あ、谷だ」

「跳ぶでござる」



***



 勢いそのままにと剣心は一気に谷を跳び越えた。流石にもう追ってこれまい、と足を止め振り返れば操が青い顔をして向こう岸に立っていた。


「────貫殺飛苦無!!」


 操が少しでも足止めしようと投げた苦無を、剣心は抜刀の風圧によって全て弾き落した。それを見た操は言葉を失っている。


「もう諦めて、おとなしく京都へ帰れ。想いを断ち切って忘れた方がよい。それがお主の幸せのためだ」


 操はうつむいて元来た方へと戻っていく。
 その姿に「すまんな」と剣心は小さく呟いた。は複雑な気持ちで操の後ろ姿を見つめていた。


「────好き勝手な事言うな、このウスラトンカチ!! 何が忘れろよ。忘れられないからこうして探してるんじゃない!」


 しかし戻っていくかに見えた操はいきなり振り返り、勢いよくこちらに向かって走り出してきた。と剣心はそれが谷を跳び越えるための助走だと瞬時に悟る。


「無茶だ、よせ!」

「一番想っている人を忘れる事の一体どこが幸せなのよ!!」


 剣心が慌てて叫ぶも、飛び出した操の身体は谷の半ばで勢いを失い、重力に従って落ちていく。剣心がそれを追って谷へと飛び込んだ。落下を続ける操を捕まえるとその脚力だけで谷を登りきる。操は落下の恐怖からか気を失っている様だった。
 何をするでもなく成り行きを見ていたは剣心の行動に酷く驚いていた。


「すごい根性だね、この子も剣心も。普通自分から谷になんて飛び込まないよ」

「よほど四乃森蒼紫に会いたかったのでござろう」


 は操を見た。
────この少女は、何を思いこうまでして彼らを追いかけるのだろう。


「………剣心は武田勘柳の一件でしか蒼紫を知らないんだろうけど、まあ、般若達が命を賭して守ろうとするくらい、良い奴なんだよね」


 ぽつり、と漏れたの声。それを拾った剣心は目を見開いた。


「……、蒼紫と知り合いなのか?」

「とはいっても、蒼紫と最後に話したのは十年以上も前の話だ。向こうはもう……忘れているだろうね」


 の発言に剣心は酷く驚いていた。しかしが剣心に言ってない事など、まだまだ山ほどある。それは剣心も同じであろう。
────師匠の下で幼い頃から一緒に修行してきたけれど、やはりと剣心の距離は近いようで、遠い。